2019年03月22日

角田光代「源氏物語 上中」「なくしたものたちの国」「世界は終わりそうにない」「笹の舟で海を渡る」「私の中の彼女」「平凡」「ひそやかな花園」「ツリーハウス」

2019.3.22 〜

さあ、読み始めよう、38「源氏物語 中」

2019.2.24〜

27.源氏物語 上


2016.6.21(火)

61.共著:松尾たいこ「なくしたものたちの国」(2010)

2016.6.7(火)

54.「坂の上の家」(2016.1)・・・
テーマは「裁判員裁判にかかわることになった若い母親の思い、変化等」と思ったが・・・なになにそんな簡単なものではない・・角田さんの著書でひとつのテーマで成り立つ小説であるわけがないのであった・・

児童虐待は本当に行われていたのか??、夫婦とは、親子とは・・これでもかこれでもか、考えろ考えろ・・と問題が提示され混乱することこの上ない・・


2015.10.28

「世界は終わりそうにない」

2015.1.29〜

笹の舟で海を渡る(2014.9)

容紹介

『本の雑誌』が選ぶ 2014年ベスト10(ノンジャンル)の第1位 獲得! !

終戦から10年、主人公・左織(さおり)は22歳の時、銀座で女に声をかけられる。
風美子(ふみこ)と名乗る女は、左織と疎開先が一緒だったという。
風美子は、あの時皆でいじめた女の子?「仕返し」のために現れたのか。

欲しいものは何でも手に入れるという風美子はやがて左織の「家族」となり、
その存在が左織の日常をおびやかし始める。
うしろめたい記憶に縛られたまま手に入れた「幸福な人生」の結末は――。

激動の戦後を生き抜いた女たちの〈人生の真実〉に迫る角田文学の最新長編。
あの時代を生きたすべての日本人に贈る感動大作!

内容(「BOOK」データベースより)

あの日、思い描いた未来を生きていますか?豊かさに向かう時代、辛い過去を葬ったまま、少女たちは幸福になったのだろうか―。激動の戦後を生き抜いたすべての日本人に贈る感動大作!

Amazon.co.jp: 笹の舟で海をわたる: 角田 光代: 本

2014.9.8(月)

私の中の彼女(2013.11)

いつも前を行く彼と、やっと対等になれるはずだったのに──。待望の最新長篇小説。

「もしかして、別れようって言ってる?」ごくふつうに恋愛をしていたはずなのに、和歌と仙太郎の関係はどこかでねじ曲がった。全力を注げる仕事を見つけ、ようやく彼に近づけたと思ったのに。母の呪詛。恋人の抑圧。仕事の壁。祖母が求めた書くということ。すべてに抗いもがきながら、自分の道を踏み出す彼女と私の物語。角田光代『私のなかの彼女』|新潮社

私のなかの彼女』刊行記念特集・・物語は傷つけ、そして救う・・中島京子

 八〇年代後半から九〇年代を舞台にした、女性の話だ。この時期に二〇代、三〇代を送る彼女の恋愛・結婚・妊娠・出産・キャリアに関する悩ましい選択のすべてが描かれる。そして小説は教えてくれる。これらの選択は個人的で、繊細で、時に人に深い傷を負わせると。けれど、深手を負いながらも選び取ることで、その人自身が作られるのだとも。
 一九八五年、本田和歌は東京の大学で一つ年上の内村仙太郎と出会う。芸術家肌の仙太郎は、在学中にイラストレーターとして活躍を始める。垢抜けず自信のない和歌にとって、彼は自慢の恋人であり、新しい世界への扉を開いてくれる大切なパートナーだった。仙太郎との結婚を夢見ていた和歌は、それをやんわりとかわされて、彼のアドバイスに従って就職するが、満たされない思いを抱えていた。そんなある日、実家の土蔵で、母方の祖母・山口タエが書いた小説を発見する。粗削りだが艶めかしく魅力ある作品が、和歌の心に潜む「私も書きたい」という気持ちに火をつけた。小説を書き、新人賞を受賞し、会社を辞め、自分を満たしてくれる仕事を見出すのだが、いつのまにか仙太郎との関係が変わってしまう。そして、予期せぬ時に妊娠が発覚する――。
 和歌はつねに抑圧される。娘が物を書くのを忌み嫌い、結婚・出産という幸福を選択せよと迫る母によって。そして他ならぬ恋人の仙太郎によって。仙太郎と和歌の同棲の描写は凄まじい。世界が広がり忙しくなる和歌と、もてはやされなくなってくる仙太郎。部屋に埃が、シンクに洗い物がたまってしまうのは仕方がないとしても、そこで生まれてくる微妙な空気の中、繊細な芸術家同士が、針のような言葉を投げつけあうからだ。こういう二人でなければ、気にしないとか、気づかないとかいったおおらかな人生航海術をもって対処できるかもしれないのに、いちいち傷つけあうのが痛ましい。
 殊に、和歌を生涯抑圧し続けた母に乗り移られたかのような仙太郎が、和歌を責めさいなむ場面は、〈母と娘〉を書き続けてきた作家ならではの迫力だ。
 一方、祖母・タエがどんな人物だったのかは謎である。昭和初期に上京し、桐島鉄治という作家に師事して小説を書き、その後田舎へ帰って結婚したらしいことはわかっても、何を思い、どんな経験をして結婚・出産の途を選んだのかはわからない。しかし作家だった祖母を持つという事実は、自信のない和歌にとって、「書く」ことを支える核となっていく。タエと桐島の関係を想像し、タエの物語を作り、修正を重ねることによって、和歌は自分と仙太郎、ひいては自分と書くことの関係を計ろうとする。和歌にとって、タエの物語を想像/創造することは、自分の物語を作ることなのである。
 それでは、和歌にとっての仙太郎の物語は、どんな意味を持つのだろう。それは、時の流れの中、物知らずの和歌を庇護して導く兄の話から、和歌の能力を低く見積もって足を引っ張る疎ましい男の話に変わって行く。小説の終盤で和歌は仙太郎に「私たちって、なんで出会う必要があったのかな」と言う。しかしこの二人くらい必然性のある出会いもない。自分の欠損を埋める物語を、お互いの中に見たのだから。
 多くの場合、人の欲望を抑圧するのは、その人自身だ。国家が思想弾圧でも始めない限り、抑圧者は個人の外側ではなく「なか」にいる。親や恋人や夫に抑圧されているという物語を生きる自分自身を、自分の手で解放してやらない限り、人はそこから出て行かれない。
 私たちは物語に傷つけられ、物語に助けられる
。「私のなかの彼女」や「彼」と出会い、別れ、和解することによってのみ、前に進むことができるのである。(なかじま・きょうこ 作家)

私のなかの彼女』刊行記念特集・・シンプルな図式化を許さない圧倒的なリアル・・中村文則

 バブル期を大学で、その後の時代の移り変わりを社会で過ごしていく。その時代を体験した年齢は主人公と僕とでは十年ほど異なるが、きっとこのようであったに違いないと感じられるほど、その時代描写は巧みである。
 テレビなどで語られるのとは違う、本当のあの時代が小説から立ち現われてくる。そして作者はこのリアルな時代背景の上に、一人の女性の、というより一人の人間の「生のあり方」を圧倒的な筆力で出現させている。
 書評では本紹介も兼ねるため、何かしらの「図式化/まとめ」が要求される。例えば「○○な主人公は○○によって○○を目指し、やがて……」という風に。でもこの小説ではそれができない。登場人物達があまりにも、息遣いが聞こえるほどリアルだからだ。仮に一人の生きている人間の生き方を、このような短い書評で評したとしたら、必ずその人物の一部、もしくは表層をなぞることになる。人間というものは実際にはとても複雑だ。作者はその人間の欲望や思いの複雑さを緻密に、個の抱える矛盾も見事に含めながら表現している。ここに出てくる主人公は、そのリアルさにおいてまさに生きている人間そのもののレベルに達している。この筆力は何気なさも含め驚愕に値する。特に後半、母とのやり取りも含め作者の筆は容赦がない。後半からは一気読みをしてしまった。時に戦慄までも覚えた惹き込まれる読書だった。
 でも少しだけ骨組は書かなければならない。学生であった主人公の和歌はやがて作家になる。恋人の仙太郎は学生時代にイラストに言葉を添える仕事で既に有名になっている。主人公の祖母は作家的な存在であった事実が発覚し、そこには男性による抑圧と共に、祖母の師であった作家の存在もちらつく。血脈において二人の「作家志望/作家」に挟まれる形であった母の存在。仙太郎との関係には底辺に不穏さが漂うが、二人の関係は中々終わらない。微妙な糸のような不安定さで続いていく。しかしこのことも、単純な図式では語れない。二人の関係には常に「外的」な要因が影響し、事態は時代背景・タイミング・相互心理も含め複雑である。でもそのような複雑さを何気なく、読みやすく表現しているのは作者の力だ。複雑さを読者に気づかせないまま、でもその複雑さによって見事に物語を展開させていく。
 読みながら、仙太郎には苛立ちを覚えた。彼の仕事はまさに時代と共に消えていくもの。仕事のやり方にしろ子供のことにしろ、作家である恋人を手放しで認めようとしない抑圧的な何気ない言葉にしろ、この男は嫌な奴だと思い続けた。僕が最も嫌いなタイプの人間かもしれない。彼は恐らく、自覚のないまま世間の化物になっていくのではないだろうか。
 でも男性による女性への抑圧は、男性がそれに無自覚であることも多い。例えば今僕は仙太郎を批判することでさも「自分はわかってる」的な気分になっているけど、そんな安直な僕にも愚かな無自覚さが残るのが男女問題の常だ。でもこの小説は、仙太郎の人物設定でも図式化を許さない。仙太郎はただの無意識の抑圧者ではないからだ。
 彼は恐らく「自覚的に」ある電話をしている。あの電話の悪意は凄まじい。行為の悪に恐らく気づきながら、正当化の殻の中に隠し、自分をも欺き悪を成す。人は自身の行為に正当化の脈を見つける時、相手に非があると思った時(本当はなくても、そう思いたい時)より残酷になれるのである。
 この小説は、祖母の時代との対比から、男性社会の中で働く女性を描く、というジェンダー的なテーマのみでも語ることはできない。図式化を拒否する小説とは、つまりそれだけ生きている、リアルであるということだ。「才能を潰せるのは、その才能を持っているその本人だけだと」作中の言葉である。この小説の着地点を僕は美しいと思う。(なかむら・ふみのり 作家)


2014.6.23(月)

平凡
もし、あの人と別れていなければ。結婚していなければ。子どもが出来ていなければ。仕事を辞めていなければ。仕事を辞めていれば……。もしかしたら私の「もう一つの人生」があったのかな。どこに行ったって絶対、選ばなかった方のことを想像してしまう。あなたもきっと思い当たるはず、6人の「もしかしたら」を描く作品集。
ISBN:978-4-10-434606-6 発売日:2014/05/30

角田光代『平凡』|書評/対談|新潮社

[角田光代『平凡』刊行記念特集インタビュー]「もし」から想像する、もうひとつの人生 角田光代

――「もしあのとき○○していたら」と誰もが一度は想像してしまう「自分のもうひとつの人生」。あの人と結婚していなければ。あのとき窓を開けなければ。彼女と別れていなかったら。そんな「もし」を描いた小説六篇を収録したのが新刊『平凡』ですが、このテーマはどこから出てきたのでしょう。
 若い時は人生の岐路をどちらに行くかというようなことで悩みましたが、年齢を重ねていくと前ばかり見るのでなく、「もしかして、あのときこういう選択肢があったのではないか」と振り向いたりする。二十代にはなかった視点なんですね。それで「あのとき」というのは、例えば結婚や試験などの人生の特別な出来事ではなく、ある朝バスを一台逃してしまったとかの何気ないことであり、それによって人生が変わってしまうかもしれないと考えたんです。でもあのバスに乗れたとしても、その瞬間は変わったように思えるかもしれないけれど、数年とか時間が経ってみると、人生の自分の立ち位置はそんなに変わっていない、それが今の実感です。
――表題作の「平凡」は、地味なパートの主婦の女性と、テレビに出ている料理研究家の女性を対比して描き、意外なドンデン返しがありますが、「平凡」に生きるとは何だろうと考えさせられました。
 あの小説は、別れた恋人に対してどんな呪いをかけるだろうか(笑)、と考えたのが始まりです。自分を捨てて若い女と結婚したけれど、子どもがじゃんじゃん産まれて、住宅ローンに苦しめられて、会社は左遷されて、奥さんは太っちゃって……そんな地味な暮らしをしやがれ、という呪いが現実味があるかと思ったのですが、それは普通の平凡で幸せな暮らしですよね。まったく呪っていないし、むしろ無事を祈るというか祝福になっている。二十代だったら、住宅ローンは地獄だと思うだろうし、そこに幸せがあるなんて気づかないけれど、「平凡は一種の祝福である」と、今だからわかって書けたんだと思います。
――最後に収録された「どこかべつのところで」では「後悔」をキーワードに書かれています。
「後悔」は「もし」とは違って、起きてしまったことなので、○○しなかった自分とか、あのとき事故に遭わなかった人というのを想定しないと、人生が辛すぎますよね。「もうひとつの人生なんてない」と思った方が楽かもしれないし、「どこかにもうひとつ人生がある」と思えた方が生きるのが楽な場合もありますよね。後者の立場を描いたのがこの小説です。
――その年度の最も完成度の高い短篇作品に与えられる川端康成文学賞を二〇〇六年に「ロック母」で受賞した時の授賞式で、角田さんは短篇小説が好きで良い短篇を書きたくて、千本ノックのように短篇を書いてきた、だから尚更受賞が嬉しいという伝説的なスピーチをされました。その後、短篇小説の書き方は変わりましたか。
 あの後、黒井千次さんに「あなたが千本ノックを十分にやってきたことはわかったから、もういいでしょう。これからはゆっくり落ち着いて書きなさい」と言われて、「確かにそうだな」と思いました。多い時で三十枚〜五十枚の短篇をひと月に七作書いてたんです。さらに長篇連載をしてエッセイを書いて、月の締め切りが三十本以上あったんです。『おやすみ、こわい夢を見ないように』(二〇〇六年新潮社)とか『ドラママチ』(二〇〇六年文藝春秋)がその頃に書いた小説です。そこから徐々に数を減らしていったので、この『平凡』シリーズは一年に一作ずつで、本になるまでに七年かかっています。
――時を経たからこそ、この作品集が出来たのですね。
 最近読み直したんですが、三十代前半に「誕生日休暇」(『だれかのいとしいひと』所収)という小説で、自分で名づけた〈人生玉突き事故説〉を題材に書いたんです。恋人同士が待ち合わせたのに会えなくて、そこで取ったある行動が原因で、どんどんみんなの人生が変わってしまう。三台後ろから追突されたくらいで、思わぬ方向へ大きく変わるなんて、人生がそんなに軽いものだとは、なんて怖ろしい(笑)とその頃は思っていたんですね。それと比べていま『平凡』に収めた小説を読むと、自分の考えが変わっているのがよくわかりました。人生なんてそんなふうに変わってしまうもので、それは重さとか軽さではなくて、誰にでも起きることなんだ、それが普通だから、と今は思えるんですね。小説を書くことでわかってきたことでもあるんです。だから年齢ごとに自分の考えが違ってきているのが、小説を書くことで実感できますね。
――では読者もこの『平凡』を五年後、十年後に読み返してみると、また違った印象を持つかもしれませんね。
 ぜひそうしてもらえると嬉しいです。(かくた・みつよ 作家

[『平凡』刊行記念特集]人生はやっぱり捨てたものじゃない星野博美

 私は生まれ育った東京の戸越銀座という下町で暮らし、近所に点在するコーヒーショップで一日の大半を過ごしている。店の常連は、この町で半世紀以上、下手すると八〇年くらいは暮らすお年寄りたちだ。私自身は二〇年ほど東京の西で暮らしていたので、在住歴はのべ四半世紀という、この町では新参者のうちに入る。
 お年寄りに囲まれて過ごすようになって七年がたつが、日々思うのは、人は揺るぎない個性を持っているなあ、ということだ。何十年という人生の中には様々な岐路があったはずだが、それらをすべてひっくるめて「いま」を作っているという、確固たる感じである。よく「自分には個性がない」と悩む若い人がいるけれど、長く生きれば個性的になれるよ、とアドバイスしたいくらいだ。
 角田光代短編集『平凡』を読んだのも、近所の喫茶店だった。一篇読み、顔を上げてお年寄りを眺める。また小説に戻る。耳の遠いお年寄り同士の会話に妨害され、しばし現実の世界に連れ戻される。次の一篇を読む。そうこうしているうちに現実と小説の世界が入り乱れてごちゃごちゃになり、表題作「平凡」の紀美子が自分の隣にいて、「どこかべつのところで」の庭子が自分とすり代わり、目の前のお年寄りがフィクションに思え始めた。これは実に不思議な体験だった。
 著者はこの作品で、「あの時違う選択をしていたら、別の人生があったのではないか」という、目の前の現実と架空の人生の間で揺れ動く主人公たちの、現在の一瞬を切り取った。彼らもまた、現実と虚構の間を行ったり来たりしながら、現在の一点に立っているのだ。
 私自身は、食堂にニラレバ定食はあっても人生にタラレバ定食はない、というのが持論だ。あの時ああしていれば、といま後悔するくらいなら、あの時点で必死に選択すべきだった。「あの時」の自分が「いま」の自分を形成したのだから、「いま」から変えるしかない。
 私がこの結論に至ったのは、強いからではない。逃げるのが嫌いだからでもない。弱いからだ。「いま」を受け入れるには、過去を諦める必要があったからである。
 この短編集には、イラッとくる女性が何人か登場する。「もうひとつの人生ってのがあるって、信じてみたいんだよ」と現実逃避する「もうひとつ」のこずえ。別れた恋人が「不幸になっていてくれないかな」と妄想する「こともなし」の聡子。かつての恋人の消息を確認しにやって来る成功した料理研究家、「平凡」の春花。本当に目の前で彼女たちが話しているような、リアルな苛立ちを覚える。そして次の瞬間、これこそ自分が否定したかった自分だと思い出し、ドキドキする。こういう自分を見たくないから、「諦める」しかなかったのだ。
 著者は、安易な成長や簡単な解決にはけっして導かない。この作品集が秀逸なのは、「イラ子」や「イラ男」が他者との関わりを通して、自分の「平凡」を見つめ始めていく、瞬間のきらめきなのだ。過去の自分と現在の自分、過去の彼や過去の彼女が入れ子のようにからみあい、一瞬のきらめきが訪れる。ページを閉じたあと、彼らがどんな人生を送るかはわからない。でもきっと、昨日とはほんの少し角度の違う道を歩いているはずだ。そう思えることが、本書の醍醐味なのである。
 もう一つの入れ子が本書には仕組まれている。それは角田光代自身の変化だ。私の心に一番しみたのは、行方不明の猫を探す庭子と息子を亡くした愛の邂逅が描かれた「どこかべつのところで」だが、この作品に著者の一つの願いが隠されている。これは読んだあなたに感じてもらうしかない。
 主人公とともに揺らぎ、著者とともに揺らぐ。人生はやっぱり捨てたものじゃないと思える、秀作である。
(ほしの・ひろみ 作家)

角田光代『平凡』|書評/対談|新潮社


2013.6.23(日)〜
「ひそやかな花園」2010年

毎日新聞社の本:『ひそやかな花園』=角田光代・著
2010年07月27日
幼い頃、毎年サマーキャンプで一緒に過ごしていた7人。輝く夏の思い出は誰にとっても大切な記憶だった。 しかし、いつしか彼らは疑問を抱くようになる。 「あの集まりはいったい何だったのか?」 別々の人生を歩んでいた彼らに、突如突きつけられた衝撃の事実。 大人たちの〈秘密〉を知った彼らは、自分という森を彷徨い始める−−。
<四六判/税込み1575円>

毎日新聞社の本:『ひそやかな花園』=角田光代・著− 毎日jp(毎日新聞)

■生の全肯定、あまねく降り注いで

 開けたいのに、押せない扉。すくんで昇れない階段。誰のこころのなかにも、ひっそりとなりを潜める暗闇の入りぐちがある。見えないふりをしていても、いっぽう、暗闇は増長して光を塞(ふさ)いでしまうこともある。もしそうなったら、いよいよ扉に指をかけるほかない。身が震えても、自分自身で。
 「花園」はそのような暗闇の化身でもあろうか。数奇な運命をもつ七人の男女が隘路(あいろ)に嵌(はま)りながら希求する「花園」の場所は、父や母、家族の記憶をともなってこころの最深部にある。
 『八日目の蝉(せみ)』『森に眠る魚』を経て、家族をテーマに据えた角田光代の小説世界は、いっそうの確かさをみせて圧倒的だ。社会性のある事件や題材を扱い、言葉で血肉を与えながら現代に寄り添う。そのうえで、こころの闇も光も入念に照らしだして世界を提示するさまに、角田文学の本流をみる思いがする。
 七人の男女はかつて夏の数年間、ともに別荘に集って過ごしたこどもたち。しかし一九九〇年、親たちによって例年の習慣は突然断たれてしまう。別天地での甘やかな記憶を共有したまま七人は引き離され、おのおのの家庭の状況を背負って成長していく。そして考えはじめる。あの夏の日々、「花園」に隠された秘密はなんだったのか、と。 「家族とはなにか」。問いをたずさえ、絆(きずな)を手繰って再会を果たす七人の行動と複雑な心理が、七つの視点、三人称の手法で描きだされる。胸を打つのは、自己との邂逅(かいこう)を果たしてゆく七人の関係だけではない。わたしが衝撃を受けたのは、小説世界が展開するにつれ、角田光代じしんが言葉によって聖なる力を手もとに引き寄せる、そのすがたである。言葉を信じてあらたな扉を開き、言葉を手だてに根源に迫り、言葉とともに聖地へと書きすすむ、そのつよいリアリティー。
 人間は存在しているだけで、すでに世界に祝福されている。たとえ家族でなくても、家族として結び合える−−生の全肯定ともいうべき聖なる光を、角田光代は「花園」にあまねく注いでみせた。
 評・平松洋子(エッセイスト)
     *
 毎日新聞社・1575円/かくた・みつよ 67年生まれ。作家。『三月の招待状』『森に眠る魚』など。

書評:ひそやかな花園 [著]角田光代  - 平松洋子(エッセイスト) | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト

2012年
1/2角田光代ツリーハウス」(2010年10月)

すべての家庭の床下には、戦争の記憶が眠っている

謎多き祖父の戸籍──祖母の予期せぬ“帰郷”から隠された過去への旅が始まった。満州、そして新宿。熱く胸に迫る翡翠飯店三代記

西新宿の小さな中華料理屋「翡翠飯店」を巡る三代記。祖父母、両親、無職の叔父、孫に加えて、常に誰かしら出入りするゲストハウスさながらの大家族の足元には、大陸帰りの物語が眠っていました。祖父の死で虚脱してしまった気丈な祖母ヤエを伴った満州行が、封印された過去への旅の幕開けとなります。戦争、引揚げ、戦後を生き抜き、半世紀の間ヤエが抱えてきた思いを知った時、私たちが失いつつある美しい何かが頁の向こうに立ち上がってきます

『ツリーハウス』(角田 光代・著) | 単行本 | 書籍情報 | 文藝春秋

「ツリーハウス」で伊藤整文学賞受賞 角田光代さん 「怖がらず書く」使命
2011.6.6 08:17 (1/2ページ)
 産経新聞大阪本社発行の夕刊で平成20年から1年間連載し、昨年出版された角田(かくた)光代さん(44)の小説『ツリーハウス』(文芸春秋・1700円)が、第22回伊藤整文学賞に決まった。満蒙開拓団、高度経済成長、オウム真理教事件など時代を象徴する出来事とともに生きた家族三代の物語で、角田さんにとっては「歴史」を正面からとらえた初めての作品。「デビュー20年の節目の作品だったのでうれしい」と笑顔を見せる。

 東京・新宿の中華料理店「翡翠(ひすい)飯店」を営む藤代家。店の初代である祖父の死を機に、「なんかへん」と思っていた家族の歴史に興味を抱いた孫の良嗣が、祖母を誘い、祖父母が出会った旧満州を旅しながらルーツを探る。旅を続けるうちに、時代に翻弄(ほんろう)され、希望と落胆を繰り返しながらも、ひたすら働き、育て、日常を生き抜いた祖父母や父母の姿が浮かびあがる。

 本作を書こうと考えたのは、清朝王室に生まれ日本人の養女となり、スパイ活動にかかわったとして処刑された川島芳子(1907〜48年)を知り、満州に興味を抱いたことがきっかけだった。

 とはいえ、歴史を書くことは大変な作業。「素養がないので一から勉強しなくてはいけなくて…」。小説執筆には多くの資料や書籍を読みこむが、『ツリーハウス』はその量がとりわけ多く、「資料を読み続け、読みながら書きながら、という具合でした」。

戦後世代が戦争を描くときには、実際に体験した人々にどう受け取られるかという不安がつきまとう。ただ、欧米の同世代の作家たちは、戦争に材をとったものを怖がらずに小説に落とし込んでいるイメージがあった。「怖がっていたら何も残せない。こんなんじゃない、と言われても、若い世代が何らかの形で書かなくてはと思ったのです。つらかった、しんどかった、だけではない話を書いていかなくてはという危機感がありました」

 これまで家族や女性を描いてきた角田さんが、より「大きなもの」に挑んだ新境地の作品。出版後はいくつもの好意的な書評を読み、今回の受賞も加わって「書いてよかった」との思いがわきあがったという。

 東日本大震災前に書かれたものを読んで、意味が変わってしまったと思うことがある。自作を読んでも「のんきだった、平和だった」と思うことも。だからこそ、後に残るものを書きたいという。「もしツリーハウスがそういうものになれば、うれしいです」

                   ◇

 「伊藤整文学賞」は平成2年に創設され、これまでに大江健三郎さんや小川国夫さん、津島佑子さんらが受賞。第22回は角田さんとともに宮内勝典さん(66)の『魔王の愛』(新潮社・2100円)も受賞した。(岸本佳子)

「ツリーハウス」で伊藤整文学賞受賞 角田光代さん 「怖がらず書く」使命+(2/2ページ) - MSN産経ニュース
posted by りょうまま at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 角田光代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月27日

角田光代「太陽と毒ぐも」

8/27角田光代太陽と毒ぐも」2004年5月

大好きなんだけどどうしても我慢できないことがある。でもやっぱりすき・・

だれかをすきになって、相手もこちらを好いていてくれて、とりあえず関係性としてはハッピーエンド。そのハッピーエンドからだらだら続くしあわせな恋人たちの日常を書いた。書きながら、また読みながら、ばっかじゃねえのこいつら、と私は思ったが、けれどページのそこここに、些細なことで恋を失ったり愛をだんだん踏みつけたわたし自身のばっかみたいな影がはりついている(あとがき)

3nから・・「サバイバル」風呂にはいらないで平気な女がいるなんて考えたこともなかった。最初、冗談かと思ってた。そういう女ってよくいるだろ、そういうへんなこと言って、自分は人と違うんだって主張するようなさ。そういうのだと思っていたんだ・・でもキタハラスマコは本当に風呂にはいらない・・

14n・・考えているといつも地下深くもぐっていくような気分になった。地中ずっと深く、どこまでかわからないが続いている螺旋階段を、たったひとり、かつんかつんと靴音をひびかせておりていく気分。無音と暗闇が重くのしかかり、呼吸するのも苦しくなつような果てのない下降

154n・・「すべてよ。働いていた両親、食事を与えられないこと・・・人ってものすごく長いあいだ怒りや憎しみを抱えられるのよ、でもそのことに自分では気づかないの・・

あとがき・・・本当につまらないことで私達は愛する人といさかいを起こし、ばかばかしい性癖や習慣が、決定的な亀裂を生むこともある。誰かを強く愛することと冷蔵庫を空っぽにする誰かにいらだつことは決して矛盾しない。はるか上空で太陽が光輝いていてもときとしてにごった色の悪い雲にさえぎられ私達に届かないのと同じように。20代のころ、恋人は私のことを本当に愛しているのかしら??などと思い悩んだこともあったが、最近では愛なんて結局のところどうだっていいんじゃないかしら
posted by りょうまま at 11:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 角田光代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月19日

角田光代「空中庭園」

8/18角田光代空中庭園」平成14年11月

家族のことが好きですか??郊外のダンチで暮らす京橋家のモットーは「何事もつつみかくさず」・・でも、ひとりひとり閉ざす透明なドアから見える風景は・・

「アタシはラブホテルで仕込まれた子供らしい」・・・娘・京橋マナ

「あー、マジ逃げてえ」・・・父・京橋貴史

「京橋家は私の完全なる計画のもとに端を発している」・・・母・京橋絵理子

「コウが万引き??大変なことになっちまった・・」祖母・木ノ崎さと子

「だからあたしは家族を絶対つくらない」・・・家庭教師・北野三奈

「ぼくの前世はアンダルシアのヤマリン?」・・・弟・京橋コウ
posted by りょうまま at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 角田光代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月09日

角田光代「何も持たずに存在するということ」

7/28〜7/29角田光代何も持たずに存在するということ」2008年6月10日

・父とアカエボシの食卓
・ラーメン激戦区在住・・・何年も行列の絶えない老舗というのは、それなりの理由がある、おいしいうえその美味しさがゆるがない。この揺るがなさが実はとても難しいのだと思う。たとえばスープが冬でも夏でもずっと同じ温度に感じられる店というのはそうなかったりする。これがプロフェッショナルというものか・・(17n)
・夏の終り、祭りの日・・うつくしい光景だなと思う。ふだんはなんのつながりもないようなあわただしい町が、祭りの日だけ見えない何かでつながる。伝統というものの力強さを思う。(47n)
・かれのいない時間・・・父の存在とつきあったのは短い時間だが、私はこの先ずっと父の不在とつきあっていくのだろうと思う。・・・・私はきっと、父がどんな男だったか知らないままだろう。それは彼がいないからではなくて誰かと関わっていくということはそういうことなんじゃないかと思うのだ。知りえない人を、その存在も不在もまるごと引き受けることではないかと(62n)
・受験の頃・・・あのころの気分というのは、私が始めて出会う孤独ではなかったか。自分で何かを決め、そこに着地するには自分の力しか頼れず、しかしその自分が信用できず、絶望をつきつめていくとぽっかり抜けるような虚無がある。父を失ったことは、自分でなにかを決めることほどには私を孤独にしなかった。20年もたってみれば、受験なんてたいした経験ではない。でもそれはあくまで相対論だ。受験ではなくても、また何歳でも、これをやるんだ、これがほしいんだと人が自分を規定したとき、はじめて知る感情というものがきっとあって、それを知っているかいないかで、のちのちずいぶん違うのではないかと私は思っている。(127n)
・たましい・・・一日持ちこたえ、次の日、とうとういのちの最後がやってきた。こんなことをいうのはおかしいかもしれないけれど、眠りについた鳥の顔はなくなったときの母によく似ていた。ひたすら静かだった。静でおだやかで寛容だった。こちらが許されたような気分になるほど。・・131n

角田光代・・1977年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業
1990年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞
1996年「まどろむ夜のUFO」(野間文芸新人賞)
2003年「空中庭園」(婦人公論文芸賞)
2005年「対岸の彼女」(直木賞)
2006年「ロック母」(川端康成文学賞)
2007年「八日目の蝉」(中央公論文芸賞)

神奈川県横浜市出身。捜真小学校から捜真女学校中学部・高等学部を経て早稲田大学第一文学部文芸専修課程卒業。大学では学生劇団「てあとろ50'」に所属。大学在学中の1988年、彩河杏名義で書いた「お子様ランチ・ロックソース」で上期コバルト・ノベル大賞受賞。当時はジュヴナイル小説だけを著していた。

1990年、「幸福な遊戯」で第9回海燕新人文学賞受賞し、角田光代としてデビュー。1996年に『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞を受賞したほか、数度芥川賞の候補に挙がった。2005年、『対岸の彼女』で第132回直木三十五賞受賞。『キッドナップツアー』など児童文学も手がけている。

私生活では、芥川賞作家の伊藤たかみと結婚していたが、その後離婚。2009年10月、ロックバンドGOING UNDER GROUNDの河野丈洋と再婚した。

10年前から輪島功一のボクシングジムに通っている。

神奈川県横浜市出身。捜真小学校から捜真女学校中学部・高等学部を経て早稲田大学第一文学部文芸専修課程卒業。大学では学生劇団「てあとろ50'」に所属。大学在学中の1988年、彩河杏名義で書いた「お子様ランチ・ロックソース」で上期コバルト・ノベル大賞受賞。当時はジュヴナイル小説だけを著していた。

1990年、「幸福な遊戯」で第9回海燕新人文学賞受賞し、角田光代としてデビュー。1996年に『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞を受賞したほか、数度芥川賞の候補に挙がった。2005年、『対岸の彼女』で第132回直木三十五賞受賞。『キッドナップツアー』など児童文学も手がけている。

私生活では、芥川賞作家の伊藤たかみと結婚していたが、その後離婚。2009年10月、ロックバンドGOING UNDER GROUNDの河野丈洋と再婚した。

10年前から輪島功一のボクシングジムに通っている。

受賞歴
1990年 - 第9回海燕新人文学賞(「幸福な遊戯」)
1996年 - 第18回野間文芸新人賞(『まどろむ夜のUFO』)
1997年 - 第13回坪田譲治文学賞(『ぼくはきみのおにいさん』)
1999年 - 第46回産経児童出版文化賞フジテレビ賞(『キッドナップ・ツアー』)
2000年 - 第22回路傍の石文学賞(『キッドナップ・ツアー』)
2003年 - 第3回婦人公論文芸賞(『空中庭園』)
2005年 - 第132回直木三十五賞(『対岸の彼女』)
2006年 - 第32回川端康成文学賞(「ロック母」)
2007年 - 第2回中央公論文芸賞(『八日目の蝉』)
2011年 - 第22回伊藤整文学賞(『ツリーハウス』)

小説
1990年代
幸福な遊戯(1991年9月、福武書店 / 2003年11月、角川文庫)
ピンク・バス(1993年8月、福武書店 / 2004年6月、角川文庫)
ピンク・バス(『海燕』1993年6月号)

学校の青空(1995年10月、河出書房新社 / 1999年5月、河出文庫)

まどろむ夜のUFO(1996年1月、ベネッセコーポレーション / 1998年6月、幻冬舎文庫 / 2004年1月、講談社文庫)

もう一つの扉(『文學界』1993年11月号)

ぼくはきみのおにいさん(1996年10月、河出書房新社)
カップリング・ノー・チューニング(1997年9月、河出書房新社 / 2006年1月、河出文庫、改題『ぼくとネモ号と彼女たち』)
初出:『文藝』1997年秋号
草の巣(1998年1月、講談社 / 2004年11月、講談社文庫、改題『夜かかる虹』)

みどりの月(1998年11月、集英社 / 2003年5月、集英社文庫)

キッドナップ・ツアー(1998年11月、理論社 / 2003年6月、新潮文庫)
東京ゲスト・ハウス(1999年10月、河出書房新社 / 2005年10月、河出文庫)
初出:『文藝』1999年秋号

2000年代
地上八階の海(2000年1月、新潮社 / 2004年9月、新潮文庫、改題『真昼の花』)
真昼の花(『新潮』1995年12月号)
地上八階の海(『新潮』1999年6月号)
菊葉荘の幽霊たち(2000年4月、角川春樹事務所 / 2003年5月、ハルキ文庫)
あしたはうんと遠くへいこう(2001年9月、マガジンハウス / 2005年2月、角川文庫)
初出:『鳩よ!』2000年6月号 - 2001年4月号
だれかのいとしいひと(2002年4月、白泉社 / 2004年5月、文春文庫)
エコノミカル・パレス(2002年10月、講談社 / 2005年10月、講談社文庫)
初出:『群像』2002年6月号
空中庭園(2002年11月、文藝春秋 / 2005年7月、文春文庫)
ラブリー・ホーム(『別冊文藝春秋』2002年3月号)
チョロQ(『別冊文藝春秋』2002年5月号)
空中庭園(『別冊文藝春秋』2002年7月号)
キルト(『別冊文藝春秋』2002年9月号)
鍵つきドア(『別冊文藝春秋』2002年11月号)
光の、闇の(書き下ろし)
愛がなんだ(2003年3月、メディアファクトリー / 2006年2月、角川文庫)
初出:『WEBダ・ヴィンチ』2001年10月 - 2002年9月
銀の鍵(2003年3月、平凡社)
All Small Things(2004年2月、講談社 / 2007年1月、講談社文庫、改題『ちいさな幸福』)
トリップ(2004年2月、光文社 / 2007年2月、光文社文庫)
空の底(『小説宝石』2000年1月号)

秋のひまわり(『小説宝石』2002年9月号)
カシミール工場(『小説宝石』2003年2月号)
牛肉逃避行(『小説宝石』2003年4月号)

太陽と毒ぐも(2004年5月、マガジンハウス / 2007年6月、文春文庫)
庭の桜、隣の犬(2004年9月、講談社 / 2007年9月、講談社文庫)

対岸の彼女(2004年11月、文藝春秋、ISBN 9784163235103 / 2006年4月、大活字文庫、全3巻 / 2007年10月、文春文庫)

人生ベストテン(2005年3月、講談社)
床下の日常(『小説現代』2003年6月号)
観光旅行(『小説現代』2003年9月号)
飛行機と水族館(『小説現代』2004年2月号)
テラスでお茶を(『小説現代』2004年5月号)
人生ベストテン(『小説現代』2004年8月号)
貸し出しデート(『小説現代』2004年11月号)
この本が、世界に存在することに(2005年5月、メディアファクトリー / 2008年11月、新潮文庫、改題『さがしもの』)

Presents(2005年11月、双葉社 / 2008年11月、双葉文庫)

おやすみ、こわい夢を見ないように(2006年1月、新潮社 / 2008年6月、新潮文庫)
このバスはどこへ(『小説新潮』2003年5月号)
スイート・チリソース(『小説新潮』2003年8月号)
おやすみ、こわい夢を見ないように(『小説新潮』2003年11月号)
うつくしい娘(『小説新潮』2004年3月号)
空をまわる観覧車(『小説新潮』2004年5月号)
晴れた日に犬を乗せて(『小説新潮』2004年8月号)
私たちの逃亡(『小説新潮』2005年3月号)
ドラママチ(2006年6月、文藝春秋 / 2009年6月、文春文庫)

夜をゆく飛行機(2006年7月、中央公論新社 / 2009年5月、中公文庫)
彼女のこんだて帖(2006年9月、ベタ−ホ−ム出版局)
薄闇シルエット(2006年11月、角川書店 / 2009年6月、角川文庫)
ホームメイドケーキ(『野性時代』2004年5月号)
月とハンカチ(『野性時代』2004年8月号)
薄闇シルエット(『野性時代』2004年11月号)
ホームメイドケーキ、ふたたび(『野性時代』2005年2月号)
記憶の絵本(『野性時代』2005年9月号)
ウェディングケーキ(『野性時代』2006年1月号)
空に星、窓に灯(『野性時代』2006年6月号)
八日目の蝉(2007年3月、中央公論新社 / 2011年1月、中公文庫)
初出:『読売新聞夕刊』連載
ロック母(2007年6月、講談社 / 2010年6月、講談社文庫)
ゆうべの神様(『群像』1992年11月号)
緑の鼠の糞
爆竹夜
カノジョ(『新潮』2002年1月号)
ロック母(『群像』2005年12月号)

予定日はジミー・ペイジ(2007年9月、白水社 / 2010年8月、新潮文庫)
三面記事小説(2007年9月、文藝春秋 / 2010年9月、文春文庫)
愛の巣(『別冊文藝春秋』2006年3月号)
ゆうべの花火(『別冊文藝春秋』2006年5月号)
彼方の城(『別冊文藝春秋』2006年7月号)
永遠の花園(『別冊文藝春秋』2006年9月号)
赤い筆箱(『別冊文藝春秋』2006年11月号)
光の川(『別冊文藝春秋』2007年1月号)
マザコン(2007年11月、集英社 / 2010年11月、集英社文庫)
福袋(2008年2月、河出書房新社 / 2010年12月、河出文庫)
三月の招待状(2008年9月、集英社)
三月の招待状(『小説すばる』2005年3月号)
四月のパーティ(『小説すばる』2005年5月号)
六月のデート(『小説すばる』2005年7月号)
八月の倦怠(『小説すばる』2005年9月号)
九月の告白(『小説すばる』2005年11月号)
十月の憂鬱(『小説すばる』2006年1月号)
十二月の焦燥(『小説すばる』2006年3月号)
一月の失踪(『小説すばる』2006年5月号)
二月の決断(『小説すばる』2006年7月号)
三月の回想(『小説すばる』2006年9月号)
四月の帰宅(『小説すばる』2006年11月号)
五月の式典(『小説すばる』2007年1月号)
森に眠る魚(2008年12月、双葉社)
くまちゃん(2009年3月、新潮社)
くまちゃん(『yom yom』vol.2〈2007年2月号〉)
アイドル(『yom yom』vol.3〈2007年6月号〉)
勝負恋愛(『yom yom』vol.4〈2007年9月号〉)
こうもり(『yom yom』vol.5〈2007年11月号〉)
浮き草(『yom yom』vol.6〈2008年2月号〉)
光の子(『yom yom』vol.7〈2008年6月号〉)
乙女相談室(『yom yom』vol.8〈2008年9月号〉)
2010年代 [編集]
ひそやかな花園(2010年7月、毎日新聞社)
なくしたものたちの国(2010年9月、ホーム社)
ツリーハウス(2010年10月、文藝春秋)

アンソロジー収録作品

いじめの時間(「空のクロール」収録、1997年4月、朝日新聞社 / 2005年3月、新潮文庫)
LOVE SONGS(「エンジェル」収録、1997年12月、幻冬舎 / 1999年4月、幻冬舎文庫)
Love Stories(2004年1月、水曜社)
Teen Age(「神さまのタクシー」〈『小説推理』2004年6月号〉収録、2004年11月、双葉社)
コイノカオリ(「水曜日の恋人」〈書き下ろし〉収録、2004年12月、角川書店)
あなたと、どこかへ。 eight short stories(「時速四十キロで未来へ向かう」収録、2005年5月、文藝春秋 / 2008年5月、文春文庫)
クリスマス・ストーリーズ(「クラスメイト」収録、2005年12月、角川書店 / 2009年11月、角川文庫、改題『聖なる夜に君は』)
最後の恋(「おかえりなさい」収録、2005年12月、新潮社 / 2008年12月、新潮文庫、改題『最後の恋 つまり、自分史上最高の恋。』)
Sweet Blue Age(「あの八月の、」〈『野性時代』2005年6月号〉収録、2006年2月、角川書店)
私らしくあの場所へ(「ふたり」収録、2006年3月、講談社 / 2009年5月、講談社文庫)
ナナイロノコイ(「私たちのこと」〈書き下ろし〉収録、2003年8月、角川春樹事務所 / 2006年5月、ハルキ文庫、改題『そしてふたたび、私たちのこと』)
vintage '06(「トカイ行き」〈『小説現代』2005年10月号〉収録、2006年6月、講談社)
14歳の本棚 部活学園編 青春小説傑作選(「空のクロール」収録、2007年3月、新潮社)
オトナの片思い(「わか葉の恋」収録、2007年8月、角川春樹事務所)
JOY!(2008年4月、講談社)
恋のトビラ(『non-no』連載、2008年5月、集英社 / 2010年5月、集英社文庫、改題『恋のトビラ 好き、やっぱり好き。』)
こどものころにみた夢(2008年6月、講談社)
きみが見つける物語 十代のための新名作 休日編(2008年7月、角川文庫)
あなたに、大切な香りの記憶はありますか(2008年10月、文藝春秋)
ナイン・ストーリーズ・オブ・ゲンジ(2008年10月、新潮社 / 2011年4月、新潮文庫、改題『源氏物語 九つの変奏』)
女ともだち(2010年3月、小学館)
チーズと塩と豆と(2010年10月、ホーム社)

角田光代 - Wikipedia
posted by りょうまま at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 角田光代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月31日

中央文芸賞に角田光代さん

読売新聞より・・

第2回中央公論文芸賞中央公論新社主催)の選考会が30日に開かれ、

満場一致で角田光代さん(40)の「八月の蝉」に決まったそうです

中央公論文芸賞は中央公論新社が創業120周年を記念して2006年に創設した文学賞で副賞100万円。

中央公論文芸賞は2001年に創設された婦人公論文芸賞を発展させた形の賞で、第一線で活躍する中堅以上の作家のエンターテインメント作品を対象としているそうです。

尚、中央公論文芸賞の第一回目の受賞作品は、浅田次郎の短編集『お腹召しませ』でした。

strong>中央公論文芸賞の第二回目の受賞作品となった角田光代さんの「八月の蝉」は、読売新聞に2005年の11月から2006年の7月まで連載されていたものです。

八月の蝉」ある女性が、赤ちゃんを誘拐してしまう・・という第一週目のストーリーから・・びっくりしてしまい、切抜きまでして熱心に読んでたものでした。

選考会でも「全編、ハラハラするような・・」と絶賛されていたのだそうです。

中央公論文芸賞、満場一致で角田光代さん「八日目の蝉」

角田光代さんは、1990年以降、様々な賞を受賞されていますー

1990年、角田光代名義で書いた「幸福な遊戯」で第9回海燕新人文学賞受賞。
1993年、「ゆうべの神様」で第108回芥川龍之介賞候補。「ピンク・バス」 で第109回芥川龍之介賞候補。
1994年、「もう一つの扉」で第110回芥川龍之介賞候補。
1996年、『学校の青空』で第9回三島由紀夫賞候補。『まどろむ夜のUFО』にて野間文芸新人賞を受賞。
1997年、『ぼくはきみのおにいさん』で第17回坪田譲治文学賞受賞。
1998年、『草の巣』で第11回三島由紀夫賞候補。
1999年、『キッドナップ・ツアー』で第46回産経児童出版文化賞フジテレビ賞受賞。
2000年、『東京ゲスト・ハウス』で第12回三島由紀夫賞候補。『キッドナップ・ツアー』で第22回路傍の石文学賞受賞。
2003年、『空中庭園』で第3回婦人公論文芸賞受賞、第128回直木三十五賞候補。
2005年、『対岸の彼女』で第132回直木三十五賞受賞。「雨を渡る」で第31回川端康成文学賞候補。
2006年、「ロック母」で第32回川端康成文学賞受賞。
2007年、『八日目の蝉』で第2回中央公論文芸賞受賞。

その他8月31日の話題
posted by りょうまま at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 角田光代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月07日

庭の桜、隣の犬

2004年9月28日発行 轄u談社

夫婦ってなんだろう??愛でもなく、嫉妬でもない・・
何かもっと厄介なものを抱えて、私達はどこへ向かうのだろう

夫婦の行方、愛の形 (表紙帯より)

「そうちゃん、ワタシいくとこないんだよ・・」
房子は言った。自分達のやっていることの馬鹿馬鹿しさを、そう言って房子ははじめて実感した。家はある。35年ローンの家がある。今にも食卓にも無駄なものはいっさいない、清潔で静かな家はある。なのに自分はほっつき歩き、宗二は4畳半を借りている・・(本文より)

ラベル:角田光代
posted by りょうまま at 06:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 角田光代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月26日

角田光代「薄闇シルエット」

image0626.jpg 3月に図書館に予約していたという本。すっかり忘れてました。

平成18年11月30日発行 滑p川書店

《表紙帯より》惑いまくったっていいじゃんか・・人生の勝ち負けなんて誰がわかるというのだろうか。圧倒的リアルと共感が心にささる傑作小説

主人公は、友人のチサトと古着屋さんを経営する37歳くらいのハナ。
自分自身のこと、友人のこと、家族のこと、恋人のこと・・様々に綴られる物語・・
「うーんわかるなー」とか「よくわかんないなー」とかいつものようにぶつぶつつぶやきつつ・・読み終えました

ラストのページ「その人はその人になってくしかない・・」生きていく勇気??をもらう感じかな

角田光代さんの最近のテーマは「既婚女性と未婚女性」なのかなーと思う。先日読んだ、「対岸の彼女」のテーマも未婚女性と既婚女性だったし・・

他に読みたい本
☆あしたはうんと遠くへ行こう・・角川文庫
☆ぴんく・バス・・・角川文庫
ラベル:角田光代
posted by りょうまま at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 角田光代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月20日

「対岸の彼女」

☆角田光代☆
1988年 『お子様ランチ・ロックソース』にてコバルト・ノベル大賞を受賞
1990年 『幸福な遊戯』にて海燕新人文学賞を受賞
1996年 『まどろむ夜のUFО』にて野間文芸新人賞を受賞
1998年 『ぼくはきみのおにいさん』にて坪田譲治文学賞を受賞
1999年 『キッドナップ・ツアー』にて産経児童出版文化賞フジテレビ賞を受賞
2000年 『キッドナップ・ツアー』にて路傍の石文学賞を受賞
2003年 『空中庭園』にて婦人公論文芸賞を受賞,直木賞候補
2005年 『対岸の彼女』で直木賞受賞
2006年 『ロック母』で川端康成文学賞受賞

夫は第135回芥川賞を受賞した伊藤たかみ・・・出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』・・・って・・

・角田光代さんて結婚してたんだーーーー


対岸の彼女」2004年11月10日 兜カ芸春秋

大人になれば自分で何かを選べるの?・・・女の人を分裂させるのは女性だ。既婚と未婚、働く女と家事をする女、子のいる女といない女。立場が違うということはときに女同士を決裂させる・・・(表紙帯)
posted by りょうまま at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 角田光代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする