2014年12月31日

石田衣良「北斗ある殺人者の回心」(2012年)

2014.08.13(水)

・・鼻水と涙を流しながら読了・・
2014年の一番になるかもしれない・・

回心・・・

あるきっかけで,従来の生き方を悔い改め,新しい信仰に目覚めること。宗教的思想や態度に劇的な変化が生じ,それまでの分裂・葛藤状況が解消し,統合された新たな自我が生まれる体験。 「一七歳の時に−しキリスト教徒になった」 〔「えしん」と読めば,邪心を改めて仏の正道に帰依するという意味〕
@心を改めて,仏道にはいること。改心。
A小乗の信仰を改めて,大乗を信ずること。
B浄土真宗で,自力の信仰を改めて他力を信ずること。 回心 とは - コトバンク

キリスト教で、罪のゆるしと洗礼によってひきおこされる、心の大きな転換かいしん【回心】の意味 - 国語辞書 - goo辞書

回心(かいしん、英: conversion)は、神に背いている自らの罪を認め、神に立ち返る個人的な信仰体験のことを指す。日本語訳の「回心」は仏教用語の「回心(えしん)」の流用または誤用である。回心(かいしん)は他の宗教での類似の体験について一般的に用いられることもある[1]。回心 - Wikipedia

111.石田衣良「北斗ある殺人者の回心

孤独な殺人者ができるまで。衝撃の青春小説
両親から壮絶な虐待を受けて育った少年、北斗。初めて出会った信頼できる大人を喪ったとき、彼の暴走が始まる……。孤独な若者の内面に深く切り込む、著者渾身の長編問題作。

内容(「BOOK」データベースより)

幼少時から両親に激しい暴力を受けて育った端爪北斗。誰にも愛されず、誰も愛せない彼は、父が病死した高校一年生の時、母に暴力を振るってしまう。児童福祉司の勧めで里親の近藤綾子と暮らし始め、北斗は初めて心身ともに安定した日々を過ごし、大学入学を果たすものの、綾子が末期癌であることが判明、綾子の里子の一人である明日実とともに懸命な看病を続ける。治癒への望みを託し、癌の治療に効くという高額な飲料水を購入していたが、医学的根拠のない詐欺であったことがわかり、綾子は失意のうちに亡くなる。飲料水の開発者への復讐を決意しそのオフィスへ向かった北斗は、開発者ではなく女性スタッフ二人を殺めてしまう。逮捕され極刑を望む北斗に、明日実は生きてほしいと涙ながらに訴えるが、北斗の心は冷え切ったままだった。事件から一年、ついに裁判が開廷する―。  Amazon.co.jp: 北斗 ある殺人者の回心: 石田 衣良: 本

『北斗 ある殺人者の回心』著者:石田衣良

定価:1,800円(本体)+税 10月26日発売


連載3年。石田衣良さんにとって、一番長い連載となった本作は、
総ページ512ページという分量も、石田さん作品の中で、一番厚い本となりました。
『娼年』『逝年』『愛がいない部屋』など、集英社でお書きいただいたものは、
恋愛路線のやや軽く読めるもの(と言っても内容が軽いわけではありませんが)が
ほとんどだった中、「デビュー15周年の結論です」というご本人の言葉通りの
重厚な作品です。
「殺人者を丁寧に書いてみたい」と思い立ち、虐待を受け続けた少年が殺人者と
なっていく心理に肉薄した本作のご執筆中は、連載毎回毎回、相当辛かったと
おっしゃっています。
締め切りギリギリまで引っ張っても、数枚しか原稿をいただけなかったこともしばしば。
担当は焦りますが(苦笑)、原稿を拝見すれば、そのご苦労も納得してしまうのでした。
「殺人者は特別ではない人でもなりうる。あなたが北斗だったかもしれない」
ということを胸に置いて、この本を読んでほしい、とは石田さんからのメッセージ。
決して、軽やかに読める作品ではありません。
読み進めるのが辛いこともあるかもしれません。
けれど、読後に残るものをぜひ味わっていただきたい渾身作です。

(担当K)
『北斗 ある殺人者の回心』石田衣良|担当編集のテマエミソ新刊案内|集英社 WEB文芸 RENZABURO レンザブロー

寒空の下で北斗少年がふと抱きついた自動販売機は、自分への虐待を繰り返す両親より温かい。何という心の極北だろう。長じて救い出された彼は、初めて愛してくれた里親を失意のまま死なせた男を殺すと決意する。しかし成り行きから、別のふたりを手にかけてしまう。罪なくして未来を断たれた犠牲者とは別に、ほんとうの被害者は誰かという問いが、物語の底流に横たわる。繰り返し描かれるのは、純粋なものの恐ろしさだ。抜き身のように研ぎ澄まされた心がかち合うところに、恐怖と暴力が扉を開く。だが、曇りがないからこそ、光をあてれば曲がらずに届くこともあるかもしれない。そのことへのかすかな期待が余韻を残す。
    ◇
 集英社・1890円書評:北斗―ある殺人者の回心 [著]石田衣良 | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト

石田 衣良(いしだ いら、1960年3月28日 - )は、日本の小説家。本名は石平庄一(いしだいらしょういち)。ペンネームの由来は本名「石平(いしだいら)」を分割したもの。

1960年(昭和35年)に、東京都江戸川区出身。姉が2人いる。 子供の頃から大変な読書家で、中学、高校、大学時代には、近所の3つの図書館から毎週4冊ずつ本を借りて読み、それでも足りなくて、文庫本を購入していたという(週刊文春 2010年12月16日号)。

15歳の頃、ハヤカワ文庫や東京創元社のSF・ミステリに熱中し、次々と読破した。特に、アーサー・C・クラークやアイザック・アシモフが好きだった[1]。東京都立両国高等学校では、小池昌代と同級生だった。1978年、成蹊大学経済学部に入学、1983年に卒業した。

大学卒業後はフリーター生活を送っていたが、母親の他界をきっかけに就職を決意し[1]、広告制作プロダクション・広告代理店にコピーライターとして勤務した後、33歳の時にフリーのコピーライターとなる。

36歳の時に7歳の頃からの夢だった小説家になることを決意し[1]、数々の新人賞に応募。1997年、それまで応募したことのなかったミステリーの賞に応募したところ、第36回オール讀物推理小説新人賞を受賞。そのデビュー作が「池袋ウエストゲートパーク」である。以後、『4TEEN フォーティーン』で第129回(2003年上半期)直木賞を、2006年、『眠れぬ真珠』で第13回島清恋愛文学賞を受賞する。同年、映画『LOVE MY LIFE』に出演した。

時事問題や社会的に問題となった事件などに触発されて執筆を決意することが多く、『うつくしい子ども』は神戸連続児童殺傷事件が、『約束』は大阪教育大学附属池田小学校児童殺傷事件が、『ブルータワー』はアメリカ同時多発テロ事件が、それぞれ執筆のきっかけとなっている[1]。

2013年8月、雷田四位(らいだしい)というペンネームを使って初の電子書籍限定書き下ろしライトノベル作品『SAKASHIMA -東島進駐官養成高校の決闘』を書籍投稿サイト「E★エブリスタ」で9月11日から半年間連載することを発表した[2][3]。

人物

2006年10月31日、MSN毎日インタラクティブで連載していたコラム「石田衣良の白黒つけます!!」にて、「中国、韓国と仲良くした方がいい? しなくてもいい?」というアンケートを行った。結果として「しなくてもいい」という回答が57.2%と過半数を占めたにも関わらず、「応募しなかった多数のサイレント・マジョリティを考慮にいれて…(中略)…中国・韓国とは仲良くしたほうがいい」と結論付けた。

2012年1月1日、NEWSポストセブンの取材で「今の日本ほど、世界の中で潰れちゃってかまわない国はないかな」「日本が無くなって世界の人が困るのは漫画とゲームが消えることぐらいでしょう」と述べた。

既婚者。息子がいることをTBS系列生活情報番組『はなまるマーケット』内のトークコーナー『はなまるカフェ』で明かしている。小学2年生の息子と一緒にお風呂に入ることや、息子は叶恭子のファンだというトークをした。

日頃の言動に対しては、朴訥、力まない、冷めた、気取った、と様々な評価があり、好みが分かれる。書くテーマは幅広いが、中でも女性の書き方については定評があるという意見もあり、恋愛小説家としての発言も多い。

受賞・候補歴
1997年 - 「池袋ウエストゲートパーク」で第36回オール讀物推理小説新人賞受賞
2001年 - 『娼年』で第126回直木賞候補
2002年 - 『骨音』で第128回直木賞候補
2003年 - 『4TEEN』で第129回直木賞受賞
2006年 - 『眠れぬ真珠』で第13回島清恋愛文学賞受賞[5]
2013年 - 『北斗 ある殺人者の回心』で第8回中央公論文芸賞受賞

石田衣良 - Wikipedia
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2014年08月24日

石田衣良「マタニティグレイ」「ラブソファでひとり」「逝年」

2014.8.24(日)
マタニティグレイ」(2013.2)

おおらかな夫、お気に入りのマンション、やりがいのある仕事。しかし編集者の千花子は、予定外の妊娠を機に、正面から人生の見直しを迫られる。戸惑いながらも出産を決意した千花子だったが……。

マタニティ・グレイ: 書籍: 石田衣良 | KADOKAWA-角川書店・角川グループ

2014.8.21(木)

ラブソファでひとり」2012.5

失恋の傷をいやすため、季節はずれの休暇を取って一人で沖縄旅行にでかけた園田俊明。そこで出会った人々との心のふれあいと気づきとは……表題作ほか、当代一の名手が描く、極上恋愛短篇集。

内容(「BOOK」データベースより)

女、独身、35歳。25年ローンでマンションを買ったものの、自分が本当に欲しかったものは別だと気づき―。恋に落ちる瞬間のときめき、非日常の浮遊感。このうえなく贅沢に薫る、ラブストーリーの花束。当代一の名手が紡ぐ、極上恋愛短篇集。あなたもきっと、恋に一歩、踏みだしたくなる、幸せの処方箋9レシピ。
Amazon.co.jp: ラブソファに、ひとり: 石田 衣良: 本


2014/08/15(金)

石田衣良逝年」(2008.3)

◆「娼年」はとても衝撃的で・・かつ気に入った本だった・・・その続編

人間は探しているものしか見つけない。退屈をさがしていれば退屈を。驚異を探していれば驚異を。(p130)

あなたの最期の人になる。『娼年』続編
娼夫の世界に入って一年、リョウはボーイズクラブを引き継いでいた。美貌のオーナー・御堂静香が刑務所から戻るが、エイズを発症していて…。忘れられない愛を描く、傑作長編。(解説/鴻巣友季子)

内容(「BOOK」データベースより)

人生にも恋愛にも退屈していた二十歳の夏、「娼夫」の道に足を踏み入れたリョウ。所属するボーイズクラブのオーナー・御堂静香が摘発され、クラブは解散したが、1年後、リョウは仲間と共に再開する。ほどなく静香も出所するが、彼女はエイズを発症していた。永遠の別れを前に、愛する人に自分は何ができるのか?性と生の輝きを切なく清澄にうたいあげる、至高の恋愛小説。傑作長編『娼年』続編。

Amazon.co.jp: 逝年 (集英社文庫): 石田 衣良: 本
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2014年08月11日

石田衣良「愛がいない部屋」「5年3組リョウタ組」「眠れぬ真珠」

2014/08/11(月)

愛がいない部屋」(2005.8)

石田衣良、会心の恋愛短編集
DV、セックスレス、出会い系サイト。大人の恋愛は光に満ちたものばかりではない。だけど、それでも人は誰かを好きになり、前を向いて歩いていく。高層マンションを舞台にした恋愛小説集。(解説/名越康文)


内容(「BOOK」データベースより)

誰もが憧れる高層マンション。そこに住む愛子は、幸せな結婚生活を送るはずだった。しかし、ある日「愛」は暴力に変わり―(表題作)。セックスレスの夫婦生活に疲れた、うらら。彼女はマッサージ店で働く15歳年下の青年に想いを寄せるようになる。だが、突然彼にホテルへ誘われて…(「指の楽園」)。切なくて苦しい恋に悩みながらも、前を向いて歩いていく女性の姿を描いた10のラブストーリー。

Amazon.co.jp: 愛がいない部屋 (集英社文庫): 石田 衣良: 本


2014.7.28(月)

眠れぬ真珠」(2006.4)

恋は、若さじゃない。愛は、経験じゃない。恋愛小説の真髄、石田衣良の真骨頂!

「今の、このときを忘れないでね。わたしのこと、忘れないで」「どうして、忘れないでなんていうんですか。まだ始まったばかりなのに」女性版画家と17歳年下の青年が過ごす、美しくつややかな日々。それは、強かに生きざるを得ない現代の女性を、少女のように無防備にする恋。サガンの「ジゴロ」をも凌ぐ切なさ、待望の恋愛長編!第13回 島清恋愛文学賞

波 2006年5月号より


「黒」を卒業してからの恋。

石田衣良『眠れぬ真珠』

藤田香織


 本書を読んで、思い出したことがある。
 数年前、インタビューをさせてもらった際に、とあるベテラン女優のAさんから言われた言葉だ。
 春間近な三月の暖かい日だった。その日、私は黒いブーツに黒のロングスカート、同じ素材の黒いシャツを着ていた。
「黒い服」に特別な思い入れやポリシーがあったわけではない。ただ「黒は便利」だと思っていた。なんとなく、控えめな感じもするし。実際、それは働く女子の共通認識でもあって、その日同行した女性編集者も黒のパンツ・スーツを着用していた。別に珍しいことではない。よくある、通常ならば話題にもならない、取材時の服装。
 ところが、取材場所のホテルの部屋に到着したAさんは、立ち並ぶ私たちを見て「まぁ!」と小さく声を上げたのだ。「羨ましいわ。黒い服を躊躇いなく着られるなんて」。パールホワイトのニットに身を包み、悪戯っ子のような目で私たちを見ながら、彼女はさらに続けてこう言った。
「女はね、年を取ると、段々黒い服が似合わなくなるのよ。私なんてもう十年以上、お葬式のときにしか着てないわ」と。
 今思えば、インタビューはそこから膨らませていくべきだった。「黒が似合わなくなった」と感じたのは、何がきっかけだったのか。そこにどんな思いがあったのか。けれど、当時の私はそれに気付かず、大女優が世間話で場を和ませてくれた、と喜んでいた。なんとも鈍くて、うんざりするほど若かったのだ。
 石田衣良の新刊『眠れぬ真珠』は、「大人の女」の物語である。
 主人公の内田咲世子は、これまでの石田作品のヒロイン中、最高齢の四十五歳。新聞小説の挿絵などを手掛ける銅版画家だ。バツイチで、子供もいないが、仕事は順調。父の遺した逗子の別荘にアトリエを構え、体重三十キロのアフガンハウンドと暮らしている。住む家があり、好きなことを仕事にし、多少の贅沢が許されるだけの収入がある――加えて、気ままにベッドを共にする男だっている。相手の三宅には妻がいるが、別に結婚なんて望んでいないから問題はない。このままそう「悪くない人生」が緩やかに続いて行くのだろうと思っていた。
 だが、気になることがひとつ。一年ほど前から咲世子は時折、身体の火照りや急激な発汗、幻覚に襲われることがあった。更年期障害によるホットフラッシュ。身体は、少しずつ、でも確実に女としての役割を終える準備を始めていたのだ。そんなある日、仕事の構想を練るために出かけた行きつけの店で、咲世子はひとりの青年と出会う。ウェイターとして働いていた映画監督の卵・徳永素樹。咲世子が初めて男と寝た年に生まれた素樹は、十七歳も年下だった。
 四十五歳の女と、二十八歳の男。現実にはそれこそ女優でもなければ、いや、女優だっておいそれとは飛び込めないこの恋を、石田衣良はゆったりと、そして無理なく描いてゆく。
「悪くない人生」だと思い込もうとする反面、更年期障害に苦しみ孤独と不安を抱えていた咲世子は素樹を愛することで救われ、将来を嘱望されながらもトラブルに巻き込まれ腐っていた素樹は、咲世子のドキュメンタリーを撮るうちに再び意欲を取り戻す。互いに支えあい、相手への思いが力になる恋。
 作中、咲世子は素樹との恋愛を「期間限定」と、ある人物と約束する。そのエピソードも、愛人関係にあった三宅のもうひとりの愛人に対する態度も、三宅との関係も、そして素樹との終わり方も、彼女は常に「大人」だ。四十五歳の立派な「大人の女」。でも、完全なる「大人の女」など、どこにもいないことを、作者はよく解っている。知っているのではなく、解っているのだ。これは石田衣良という男性作家の特性だと思う。誰にも真似できない、類のない資質。だから違和感がなく、肌触りが心地良い。
 学生時代から「黒の咲世子」と呼ばれ、作品はもちろん、私生活でも「黒」を唯一無二の特別な色としてきた咲世子が「黒」から卒業してゆく過程も、女性読者なら胸に迫るものがあるだろう。
「わたしたちには未来なんて、ないのよ」
「でも、現在がある」
 ラスト近くで交わされる咲世子と素樹のこの会話から続く場面には、切ないけれど、とてもあたたかな光が満ちている。


(ふじた・かをり 書評家)

石田衣良『眠れぬ真珠』

[『眠れぬ真珠』刊行記念対談]
エイジズムを超えた恋愛

石田衣良『眠れぬ真珠』



香山リカ×石田衣良



  大人の女を描く最新恋愛長編

香山 今回の小説の主人公の女性・咲世子は四十五歳なんですね。私もまさに四十五歳なんです。石田さんも同い年ですか?
石田 僕は早生まれで、もう誕生日きちゃったので……
香山 じゃあ学年はひとつ上、ってやつですか?
石田 そうですね。まあ、もう変わんないですよね四十過ぎちゃうと(笑)。今回の小説は書いていてすごく楽しかったんです。大人の女性っていいなあと思いながら書いていました。やっぱり文体も変わりますよね。急にしっとりしちゃう。
香山 この主人公は、版画という創作活動をしてきて、二十年前も仕事をし、今も仕事をし……そういう意味で、表面上はそんなに波乱万丈でない人生ですよね。私もよく自分で“金太郎飴みたいな人生”って思うんですが(笑)。でもこの小説のように、心の中ではドラマチックに色んな経験をしたりしている人もいるんだなあ。私、基本的に自分はオタクだなと思うんですよ。二十年前もFFしてたし、けっきょく今日もFF(ファイナル・ファンタジー)してたし(笑)。
石田 あはは。でも確かに自分のある年代を切り出してみて、三十歳と今はここが違う、なんてあまり考えないですよね。
香山 私たちの世代って、大人になることを拒否する生き方が許されるようになった世代だと思うんです。ちょうど私が大学卒業した頃にファミコンが売り出されて。たぶんもうちょっと上の世代だったら、「大人があんなオモチャを買うなんて」って言われたと思うんですけど。
石田 なるほど。そういう意味では、この小説の主人公はもう一世代前の感覚で生きているかもしれませんね。アーティストっぽいところがあるので。実は、そういうところが僕自身には近いんですけれど。僕は意外とオタクの方には行かなかったんですよ。ゲームとかまったくダメで、「スーパーマリオ」なんか最初のキノコが出てくるところで、「あれぇ? もういいじゃん」ってコントローラー投げちゃう方だったので(笑)。いわゆる教養主義であったり芸術に対する憧れであったり、古い世代の感覚がなぜか残っちゃったんですよね。
 四十五歳。何を着ればいい?
香山 何歳だからこれをしなきゃ、みたいなのはありました?
石田 それはなかったんですけど、ひと通りの勉強をちゃんとやって、自分に教養をつけたいという気持ちは強かったですね。
香山 咲世子は、どうだったんでしょうね。三十歳だからまだこんなレベル、三十五歳になったから個展のひとつも開こうとか……。
石田 いや、それはたぶん考えてなかったと思いますよ。ひたすら仕事をしながら、純粋なアートと商業ビジネスの中間のところを生きてきた人なんじゃないですかね。そういう意味では、僕の今のあり方に近いと思うんです。心ではわりとアートが好きだけど、TVや新聞からコメントを求められれば、何だか訳の分らないようなことでも答える(笑)。
香山 いい意味での器用さというか、求められる役割を演じてしまうというか。それってこの世代のひとつの特徴かもしれないですね。
石田 そうですね。それは芯がないっていうことにも通じますけどね。わりとその状況に流されて生きていく、っていう感じがありますからね。全共闘じゃありませんけれど、昔のように何かにプロテストする生き方って、僕たちの世代にはなかったじゃないですか。そういう点では、商業主義に対しても拒否感はないし、逆に言えばアートの世界への憧れもちょっと薄かったりする。規範がない世代なんですよね。
香山 それ、多分ファッションとかもそうで。この小説を読みながら、咲世子という人は一体どんな服着てるんだろうって気になってたんです。というのも最近友だちと、四十五歳って何着ればいいのかよく分らないっていう話をよくするんです。例えば子どもがいれば、PTAに行くのにふさわしい格好とか、社会の文脈に合ったドレスコードを獲得していくこともあると思うんですよね。でも子どもも夫もいなかったりすると、基本的には好きな格好していいし、世間的にも今「四十歳なのにミニスカートはおかしい」とか言われないから、ハッと気付くとそれこそ二十代とあまり変わらない格好してしまったりするんですよ。それが格好いい人もいるけど、正直言ってイタい人もいて(笑)。友だちとも「イタかったら正直に言い合おう!」って言ってるんです。
石田 いや、でも着て欲しいけどなあ、四十代の人にミニスカート! いいじゃん、ダメかなあ(笑)。
 私みたいなオバさんはね……
香山 咲世子はとてもお洒落で素敵な女性だけれど、更年期障害に苦しんでいるわけですよね。特に女性の場合は生殖年齢みたいな、明確な身体的な衰えを突きつけられる。生物としてのエイジングは避けられないという、とても残酷な現実がありますね。
石田 更年期障害について調べてみると、色々なんです。性的なことがまったくダメになってしまうケースもあれば、ものすごく欲望が上がる人もいる。パターンがないの、あんまり。咲世子の場合は、ホットフラッシュに幻視やうつなんかの症状があって、心身共にとても苦しめられているんです。
香山 でもそんなところに、素樹という若い恋人が現れる。これはもう、理想の恋愛ですよね。
石田 いやぁ、もうスイマセン(笑)。
香山 でもね、すごくよく分かったんですよ。いま大学教員をやっているので……いや! 別に学生に手をつけている訳じゃないですよ(笑)。最近私の周りでも年下と付き合う人がすごく多くって、正直最初は全然気持ちが分らなかったんです。だけど学生を見ていると、いまの二十代か三十代の男の人って、女性を年齢であまり見ないんですね。中身で評価してくれるんですよ。誰々さんは、いい仕事をしているから素敵だとか。非常にニュートラルなんです。咲世子もそうだけど、私も学生みたいな年の子と話していると、「まあ私みたいなオバさんはね」って自嘲が無意識に出ちゃったりするんですね。すると言われた男の子の方が、「えっ、何言ってるんですか」みたいなリアクションだったりして。別に女として見ている訳じゃないんだけど、人間として見ているっていうかね。いくら若くても人間として尊敬できない人はダメだっていう感じ。そういう気持ちがもしかしたら恋愛に発展していくこともあるんだろうなあって思ったんですね。
石田 そうなんですよ。人間って、自分が持っているものは大事なものじゃないんだよね。若い子は自分の持っている若さなんて何でもないことだから、逆に年齢の壁を超えられるんですよね。年を重ねているほうが、年齢のことを気にするようになる。
香山 そうそう、私なんか学生と真剣な話をして白熱しているときに、ふと「あなたお母さんいくつだっけ?」とか言っちゃうんですよね。すると学生のほうは、「それが今の会話と何か関係あるんですか」って感じなの。別にお母さんより年上だからどうだということもなければ、年下だから恋愛の対象になるっていうわけでもないみたい。
石田 そうなんです。これは日本的な傾向だと思うんだけど、エイジズムというか年齢差別というか、僕たちの内なる年齢観みたいなものは大きいよね。
香山 女の人は若ければ若いほど価値があるんだ、というのが女の側にも染み付いてますから。
石田 うん、埋め込まれていると思う。逆に言えば、色んな規範がなくなった僕たちの世代が変えていかないといけないことかもしれないね。
 付き合うのは、年上か年下?
香山 でもねすごく不思議なのが、私の世代だとバブル時代のオヤジと不倫してた人はたくさんいて、それで今は二十歳くらい年下の人と付き合ってるなんていうと、同じくらいの年の男はどうしちゃったんだよと思うんです(笑)。
石田 あのね、不思議なんですが同じくらいの世代というのは、消えるんですよ(笑)。お互いに、別の世代に走るわけですよ。異文化コミュニケーションなんて言ったら大袈裟かもしれないけど、まったく違うバックグラウンドを持っている相手だからこそ、素直になれたりするんじゃないかな。
香山 それで循環すればいいっていう人もいるんですよね。年上の女に育てられた男が、大人になってすごく若い女の子と付き合うっていう。でも、それも不自然な気がする……。
石田 そうだねえ。でもそうは言っても、実際年の離れた人と付き合うのって数としてそんなに多くはないので、主流は四十歳なら四十歳同士なんだと思いますよ。だけどむしろその人たちの恋愛とかセックスが、やっぱり今いちばん不安ですね。
香山 あ、そうですね。そういうことですよね。
石田 冷えてるよね。ヨン様じゃないけど、中年の追っかけの人って今すごい多いからね、女性も男性も。ああいうのを見ると、そこが一番問題なのかなとも思いますね。セックスの問題もね。
香山 それは本当に大きいですね。だけど以前は診察室でも、「ところでアチラの方は……」っていう話って、私はなかなかしにくかったんです。でも、すごく大事な問題だと気付いて、最近よく患者さんに訊くようになりました。色々な問題の根っこに、こういった性の悩みのある女性がいかに多いかということには、本当に愕然とします。
石田 この小説の主人公みたいに、ちゃんと恋愛が出来て体の関係が持てる人はいいんだけれど、パートナーがいるのに満たされないままっていうのは辛いですよね。セックスはコミュニケーションのひとつの形ですからね。
香山 女性は性的欲望が満たされないっていうことが問題な人もいるし、自分が一人の女性として関心を持たれていないことで自尊心が目減りするっていう人もいるんですよ。だから逆に言えばセックスの関係があったからといって、すごく機械的に短時間で終わってしまって、こんなのただの排泄みたいなものじゃないかって悩む人もいると思います。あるいは、それでもまだ自分の中で「いやそうじゃない、私は女性として認められているんだ」ってストーリーを作って、自分を納得させているだけという人もいると思うし。
 恋する資格は、自分の心が動くこと
石田 自分自身の女性としてのあり方とか価値観っていうのは、やっぱりある年齢になると揺らいだりするものなんですか?
香山 揺らぎますね。さっきの話じゃないですけど、年を取ってきて自分の価値に自信がなくなっていくのと比例してセックスレスになっていっちゃったりするから。
石田 でもそう言いつつも、今の四十代は明らかに変わってきていますよね。サイン会をやると、すごくキレイで元気な四十五歳くらいの女性がたくさんきてくれるんですよね。新しい加齢のカタチも出来始めているような気がするんです。これから年を取っていく僕たちの世代が、自分たちの充足感をどう追っていくのかというのが、大事なことなんだと思います。
香山 恋愛はそういう意味で、一番手っ取り早い……って言ったら何ですけど、はっきり「あなたを求めています」ってひとりの人に言われることで、自分の存在意義をとても強く自己確認できる手段ですよね。
石田 今の三十代、四十代は全然イケちゃうんで、どんどん恋愛してほしいですね(笑)。
香山 でもこの小説を読んで、四十代以上の女性で「私もこんな素敵な恋がしたいわ」って思う人もいると思うんです。そういう世代でも、恋をするための条件ってあります?
石田 あのね、条件はないと思う。でも結局最初のきっかけはひとつしかありません。それは、自分の心が動くことですね。誰かを好きになる気持ちがあれば、誰にでも希望はあります。あとは、「私はもう〜だから」って諦めなければ、いいんじゃないかなあ。ありのままを愛してくれる人は必ずいるから。
香山 今回は四十代の恋でしたけれど、これからもっと上の世代の恋愛も書いてみたいと思いますか?
石田 そうですね。自分が年を重ねるにつれて、五十代、六十代の恋愛も書いてみたいと思います。
香山 また二十年後に対談できることを楽しみにしています(笑)。


(いしだ・いら 作家) (かやま・りか 精神科医)

 【対談】 エイジズムを超えた恋愛(香山リカ×石田衣良)

2014.7.22(火)

5年3組リョウタ組」(2008.1)

あの石田衣良が、初めて教育問題に挑む……!!

とことん前向き、涙もろくて純情で、でも根っから「いまどき」の男子でもある若き小学校教師、中道良太が地方都市の名門公立小学校を舞台に縦横無尽の大活躍を繰り広げます。いじめもDVもパワハラも少年犯罪も、あっという間に解決……したりはしないけれど、子どもと同じ目線で悩み苦しみ、あがきながら、どうしようもない現実にすこしずつ風穴を開けてゆくリョウタの姿は、私たちに勇気を与えてくれます。20世紀の古典「坊ちゃん」の、誰も書きえなかった正統的後継作が100年後のいま、ここに誕生!!

※『5年3組リョウタ組』は、西日本新聞、北海道新聞、神戸新聞、中日新聞で
2006年より順次連載した作品です。

◎中道良太(リョウタ):若く元気な小学校教師。希望の丘小学校5年3組を担任する。大人の自覚はあるけれど、ふと気がつけば子供と同じ目線……仕事には熱いが恋もしたい。悩みも喜びも多い25歳。
◎染谷龍一:リョウタの同僚。ドイツ製スポーツカーを乗り回すクールな頭脳派。なぜかリョウタをライバルと目し接近してきたが、今では心強いパートナーである。
◎山岸真由子:リョウタの先輩教師。ファッショナブルで知的な女性。
◎富田敦夫:学年主任。基本的に事なかれ主義で、細かいことに神経質。

石田衣良(いしだ いら)
1960年東京生まれ。成蹊大学卒業。代理店勤務、フリーのコピーライター等を経て97年『池袋ウエストゲートパーク』でオール讀物推理新人賞を受賞しデビュー。同書はTVドラマ化されベストセラーシリーズになる。2003年『4TEEN』で直木賞、06年『眠れぬ真珠』で島清恋愛文学賞を受賞。他著作多数。2人の小学生の父親でもある。

5年3組リョウタ組 石田衣良
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2014年07月15日

石田衣良「夜の桃」「水を抱く」「再生」

2014.7.15(火)

夜の桃」(2008.5)

お願いします、年上の男の人じゃなきゃ、だめなんです。

数億円のローンを組んだ家、高性能なドイツの車、イタリア製のスーツ、スイス製の機械式腕時計、広告代理店勤務の可愛い愛人……すべては玩具にすぎなかった。幸福にも空虚な日々に流される男が出会った、少女のような女。その隠された過去を知り、男は地獄のような恋に堕ちた。東京のニュー・バブルの中で、上下にちぎれていく格差社会に楔を打ち込む、性愛。デビュー10周年の著者が挑む、渾身の恋愛長編。

石田衣良/著
1960(昭和35)年、東京生れ。成蹊大学経済学部卒業、広告制作会社を経てフリーランスのコピーライターに。1997(平成9)年9月「池袋ウエストゲートパーク」でオール讀物推理小説新人賞を受賞し、続篇3篇を加えた『池袋ウエストゲートパーク』でデビュー。2003年7月『4TEEN』で直木賞受賞。2006年、『眠れぬ真珠』で島清恋愛文学賞受賞。2013年『北斗 ある殺人者の回心』で中央公論文芸賞を受賞した。著書に『6TEEN―シックスティーン―』『夜の桃』『水を抱く』『チッチと子』『娼年』『逝年』『sex』『余命1年のスタリオン』『マタニティ・グレイ』などがある。

石田衣良『夜の桃』|新潮社

2014.7.12(土)

水を抱く(2013.8)

きみとのsexは、世界の果てのようだった――。

白昼の路上、夜の渋谷、目黒のホテル、バーのテーブルの下……彼女に場所など関係なかった。剥き出しの欲望を振りかざし、凶暴なまでの快楽に溺れる年上の女(ひと)・ナギ。その女をしばる過去が何であれ、構わない。真っ暗な性の闇に堕ちてもなお、ぼくはナギとつながりたい――。著者史上、最高にセクシャルで切ない、純愛小説  石田衣良『水を抱く』|新潮社

【石田衣良『水を抱く』刊行記念対談】
性をリアルに描くこととは

村山由佳×石田衣良

文学的鉱脈はどこにあるか/性依存症の女の子を凜々しく書く
心の領域を広げるために/乱暴な批判には想像力で抗う
文学的鉱脈はどこにあるか

石田 『水を抱く』は「週刊新潮」で約八ヶ月間連載したのですが、常にギリギリのスケジュールでした。日程を勘違いしていたとはいえ、一度締め切りに間に合わなかったことがありまして。
村山 私もつい最近まで『ありふれた愛じゃない』という小説を「週刊文春」で連載していましたが、最後まで一回もストックをもてなかったです。毎週、校了前日のギリギリまで書いていました。
石田 でも僕は、五十歳を過ぎて、頭痛や肩こりといった体の不調を感じるようになってから、自分のことは大目に見ることにしたので、あまり気にしません(笑)。
村山 ご自分に優しくなったのですね(笑)。それにしても石田さんとは、直木賞の同期受賞でもありますが、互いの作品が偶然リンクすることがこれまでも多くありました。石田さんの長編小説『夜の桃』(二〇〇八年五月刊行)と私の『ダブル・ファンタジー』(二〇〇九年一月刊行)、『sex』と『アダルト・エデュケーション』(共に二〇一〇年刊行)というように、性や性愛を描いた小説が、同時期に刊行され、それぞれ物議をかもしたりしましたよね(笑)。きっと、その時代の風潮の中でどこに文学的鉱脈があるのか、見極めるアンテナが似ているのかもしれません。
石田 いまは時代が保守化しているせいか、性の問題はこれまで以上に、クロゼットの中に隠されるものになってしまっていますよね。少子化の問題が声高に叫ばれているのにも拘らず、ますます頑なになっていく現状には、危機感すら抱いてしまう。
村山 男性の性も女性の性も表に出なくなっている中、大人の男性の性の衝動や性的快楽の質、どういう現象が起こるのかといった具体的な生理を、この作品で初めて言葉で読んだ気がしました。どこに刺激が集まるのか、それはどんな快感でどういった焦燥感に襲われるのか――実に赤裸々に書いて下さっていますね。
石田 えー、そんなこと書いたかな、全然覚えてない(笑)。ただ、最近ある担当編集者が、性を描ける女性作家は年齢問わずたくさんいるけれど、男性作家、特に若い書き手ではほとんどいないと嘆いていました。もしかしたら、ベッドシーンをきちんと描ける男性作家の下限に、僕はなったのかもしれません。
村山 若い男性作家に会った際に、「書く人がいないんだからそこは狙い目よ」とアドバイスしてみたりもするのですが、「自分が普段しているセックスが、そのまま出てしまうようで恥ずかしい」と、みなさん口を揃えて言うのです。でも、恥ずかしいことが書けないようなら、作家なんてやめちゃえ! というくらい、そこは書き手として本質的な問題だと思いませんか?
石田 おっしゃる通りです。俳優が同じことを言ったら、仕事がこなくなりますよ。


性依存症の女の子を凜々しく書く

村山 主人公である伊藤俊也(二十九歳、独身)は草食男子で、性に奔放な年上の女・ナギとネットで知り合い、彼女に振り回されていく。今回のテーマは、どのように考えられたのですか?
石田 単純に、草食男子を恋愛的、性愛的に追い詰めてめちゃめちゃにしてしまいたかったんです。貯金が趣味の草食男子が、女装させられて秋葉原を歩いたら……などと、どんどん妄想を広げていきました。だから、俊也には僕自身はまったく反映されていません。
村山 ほんとかなあ(笑)。私は正直、俊也は好みのタイプではありません。そもそも「草食男子」とは、単に、男らしさを磨くことをやめた状態のことでしょ。それが、呼び名が付いた途端、安心したのか、急激にその数が増えましたよね。ただ俊也は、ナギの壊れた心――それはまるで、開いてはいけないドアの蝶番が壊れてしまっているかのように、とても危うい状態にある――を、頑張って受け止めようと努力はしているな、とは感じました。
石田 それは面白い。きっとナギにとって俊也は、安定剤のようなものなのでしょう。俊也にはモデルはいませんが、実はナギにはいるのです。長く出演しているある番組で知り合った、性依存症の女の子です。アルコールや薬物と同じように、セックスに依存しないと生きられない病気です。例えば、ふらっと飲みに寄ったバーで、カウンターにいた七人の男全員に声を掛けて寝る約束をして、本当に全員とセックスしてしまう――そんな衝動に苦しんでいるけど何とか生き延びていますと、彼女は番組内で堂々と話すのです。同じ症状を抱えていた仲間で亡くなった子もたくさんいるけどね、と付け加えながら。
村山 ナギが本屋でフラッシュバックを起こして倒れてしまう場面がありますが、それも彼女の実体験ですか?
石田 そうです。今日が何月何日だか分からなくなってしまうというエピソードも、実際に聞いた話です。そんな女の子を凜々しく描くことが、今作の大きな目的でした。ナギを書くのは楽しくて、もっと暴れてくれないかなと、自分でも期待しながら執筆していたくらいです。


心の領域を広げるために

村山 あるページまでたどり着けば結末が用意されている「小説」だから、ナギが抱える性の苦しみも安心して読むことができる。でも現実は厳しいですね。というのは、共著を刊行したご縁で、精神科医の斎藤学(さとる)さんが講師をされたシンポジウムに参加したのですが、その時に、性的虐待の被害者と加害者、両方の話を聞きまして……。
石田 それはきつかったでしょう?
村山 ええ。話す側は準備してきていても、聞く側は準備できていない――特に、娘に性的虐待をしていた加害者男性の話は、一番応えました。後悔は本物なのでしょうが、何度も語ったためか反省の弁が立て板に水の「物語」になってしまっていて、女である私はどう反応していいかわからず、ずっと拳を握っていました。
石田 僕も性的虐待の被害者の話はいくつか聞いたことがあります。両極端といいますか、本当に個人差があって。ある女の子は、幼い頃布団の上で父親から暴行を受けたせいで、以来十数年間、布団に触れられなくなってしまい、真冬でも板の間にバスタオルを敷いて寝ている。医師が通院をすすめるほど危うくて、死の影さえまとっていました。一方で、初めての相手が父親だったけれど、今もその父親とは仲が良く、二人で海外旅行に出掛けているという子もいた。
村山 後者の子は父親との関係が続いているのかしら。
石田 そこまでは聞けませんでしたが、いずれにしても、現実というものが、分からなくなりました。でも、現実の厳しいこと辛いこと恥ずかしいこと複雑なことを、どんどん深く掘り下げながら、少しでも人間の心の領域を広げていくのが作家の仕事ですから。キレイでカワイイだけの世界を描いても、文学的インパクトはありません。
村山 そうですよね。古い考え方かもしれないですが、物書きならば、自分にとって一番恥ずかしい、目を覆いたくなることをこそ掘り下げて、それを露悪のためでなく普遍に近づくために書くべきだと思うんです。


乱暴な批判には想像力で抗う

村山 石田さんは、新刊を出した際にネットのレビューを覗いたりします?
石田 僕は自分の本に関しては全く見ません。ですが先日、ある映画のレビューサイトを見たら、あまりに攻撃的なレビューばかりで驚きました。
村山 最近では作品自体への好悪がすぐ人格攻撃へとすり替わりますね。私が、性に奔放な女性を主人公に描いたときは、特に同性からの強い批判を受けました。例えば、男性読者から「女はこうあるべき」「女のくせにはしたない」といったように、古い価値観のもとで批判されるのは予測できたのですが、同年代や年下の女性からの憎しみのこもった揶揄には、さすがに驚きました。「自分は我慢しているのに、自由に性の愉しみを享受する女は許せない」ということなのかと。
石田 電車内でベビーカーを畳まない若い母親に対して、特に厳しいのがおばあさん世代だというのと、根本は一緒ですね。自分たちは抑圧されて耐えてきたのだから今の若い子も頑張りなさいと強制してしまう。そういったレビューに書き込む人は、自分の言葉の効果を推し量らず、銃を撃つように言葉を放っているのでしょう。これは表現だから、その作家の創作だから、と許容されるべき範囲が狭まって、その人の道徳律だけで小説を裁く頑なさは、本当に恐ろしい。
村山 一昔前と比べて、言葉の怖ろしさを知る人が減り、批評からも品性が失われましたね。また、差異を許さないといいますか、「自分が絶対的な正義」というような、ある種の凶暴さも現れているような気がします。時代が閉塞的になって、今いる場所で生きていくために我慢することが増えている。だから、自分とは違う価値観で行動している他人が許せなくなり、攻撃的になってしまうのでしょう。
石田 この小説で、ナギが抱えた闇についての真相は、物語の後半で明かされていくのですが、中にはそれについて強く批判をする人が出てくるかもしれません。けれど僕は、なるべくリアルな話を書きたかった。うすっぺらで弱い想像力では寄り添えない、本当の現実の辛さや悲しさを描きたかったんです。だから、誰に何を言われようと平気です。
村山 ナギと俊也がどう生きていくのか――単純にハッピーエンドということではなく、きっと石田さんは「最終的に人生を肯定する物語」をお書きになりたかったのだろうと思いました。
石田 ありがとうございます。もちろん、二人の性のプロセスも楽しんでもらえたら嬉しいです(笑)。


(むらやま・ゆか 作家)
(いしだ・いら 作家)

石田衣良『水を抱く』|書評/対談|新潮社

2014.6.24(火)

再生(2009.4.30)

平凡な日常に舞い降りた小さな奇蹟
◎あらすじ
吉村康彦は六歳の息子に朝ご飯を作っていた。今朝も世界では不幸なニュースが躍っている。康彦の妻は二年前、鬱病のすえ自殺していた。いまだ原因はわかっていない……。
大手の生命保険会社に勤める康彦は、もともと出世欲は強くなかった。平均的なサラリーマンの平均的な人生で十分だ、そう思っていた。だが、その夢さえも妻の死によって崩れてしまった。いまだ心の空白も埋められずにいた。
ある時、突如妻の友達だった谷内果歩から奇妙な電話がかかってきた。妻が、果歩の身体を貸してほしいと訴えているという。 つぎの日、果歩は康彦の家にやってきた。おたがいにワインを飲み、二人でベッドに横になった。十時を過ぎた。康彦の横には妻がいた……。(「再生」より)

再生 | 石田衣良


2007.1.20

本を読むのは好きです

そんなに多読ではありませんが・・

今日、図書館から借りてきた本



私はいつも、図書館にパソコンから、読みたい本の予約を入れておきます

で、連絡が来たら、取りに行く・・わーい(嬉しい顔)

子供がまだ、赤ちゃんのとき、図書館に行っても、全然、ゆっくりできなくてもうやだ〜(悲しい顔)
そのとき以来、予約システム、利用するようになりました。
とっても便利わーい(嬉しい顔)

で、石田衣良 眠れぬ真珠は2006年4月30日発行・・いつ予約してたんだろ( ̄△ ̄)

帯には「愛は経験じゃない・・恋は若さじゃない・・・45歳の女性版画家と17歳年下の青年。大人の女を、少女のように無防備にする、運命の恋・・」

だそうです黒ハート黒ハート黒ハート

まだ少ししか、読みすすめてませんが・・・

描写がなかなか・・す、すごいかも^^

ちょっと、くどいかしらん・・

ゆっくり読もうと思います・・楽しみ^^

  え、まだ読んでません。次回はこれにしよう


  石田氏の著書の中で一番好きです


posted by りょうまま at 19:53| Comment(0) | 石田衣良 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする