2020年01月03日

江國香織「旅ドロップ」「ヤモリ、カエル、シジミチョウ」「なかなか暮れない夏の夕暮れ」「犬とハモニカ」「ちょうちんそで」「真昼なのに昏い部屋」「金平糖の降るところ」「赤い長靴」

2020.1.11 土 CIMG2976.JPG  江國香織「旅ドロップ」p52「私たち、東京ガールなのよ?東京のあの複雑な地下鉄を日々乗りこなしていrんだから、パリのこんな地下鉄くらいへっちゃらよ。お茶の子さいさいだわ、恐るるに足りない」

2018.7.25

73.「ヤモリ、カエル、シジミチョウ」(2014.10)・・再読




2017.10.29〜11/3  2020.1.2〜

163.「なかなか暮れない夏の夕暮れ」(2017.2)

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50歳、消極的なのに女の出入りが激しいなんて
江國香織の新作長篇『なかなか暮れない夏の夕暮れ』を読む
source : 週刊文春 2017年3月2日号
genre : エンタメ, 読書, ライフスタイルhttp://bunshun.jp/articles/-/1516
孤独で不思議な魅力を持つ男性と、彼をとりまく女性たち。江國ワールドと称される世界観で読者をとりこにする江國香織さんが新作長篇『なかなか暮れない夏の夕暮れ』を上梓した。書店員からライターへ転進した石井千湖さんはどう読んだ?
◆◆◆
 日が暮れるころのことを夕暮れというのだから〈なかなか暮れない〉というのは不思議なタイトルだ。けれども、主人公の稔について知れば知るほどぴったりに思えてくる。彼は親の遺産で暮らし、子供のような服を着て、本ばかり読んでいる。行動範囲は狭く、女性に対して消極的なのに、なぜか女の出入りが激しい。五十という年齢を考えれば人生の黄昏時にさしかかっているはずだが、なかなか暮れない男なのだ。
 稔の日常とともに、ドイツと日本を往復する姉、一緒に住んではいないが読書好きという共通点がある娘、稔と親族の顧問税理士を務める友人、道楽で開いたソフトクリーム屋の従業員など、周囲の人々の日常が描かれる。同じ夏の夕暮れに、それぞれ異なる不安を抱え、異なる景色を見ている人たちの時間が重なり合うところがいい

 例えば稔とデートする同級生は、夕風の渡るビアガーデンで初めてホテルに行った日のことを甘やかな気持ちで思い出す。ところが、自分と寝ても彼の態度が以前と全く変わらないことに気づく。また、籍を入れないまま稔の子を産んだ元恋人は、別の男と結婚し、望んでいた普通の家族を手に入れたにもかかわらず、ガラス越しに夕空を眺めながら逃げだしたい衝動にかられてしまう。

 稔は近づいた人に物寂しさを感じさせる。夕暮れみたいに。彼はみんなに優しく親切だが、友情と恋愛の区別をつけない。意図しているわけではなく、区別をつける発想がない。この世でいちばん好きなのは姉だが、彼女が遠くへ行っても引き止めることはない。誰も縛らず、誰にも縛られない彼は、自由な代わりに独りだ。ただ、不幸ではない。きっとそばにいつも本があるからだろう。

 作中には稔が読んでいる小説の文章がそのまま挿入されている。一冊は北欧ミステリーで、もう一冊はカリブ海に浮かぶ島が舞台の恋愛小説だ。どちらも血なまぐさい物語だが、彼は世界に入り込み、登場人物のことを親しい友人のように話す。読書は現実から逃避するためのものではなく、何かの代償行為でもない。本のなかで過ごす時間は、彼にとって人生と不可分の一部だからだ。

 本で出会った人たちの言葉は、稔に静かに寄り添う。大好きな姉と同じ場所で違う本を読むシーンは美しく、小説に出てきた珍しい料理を作ってみるくだりは愉しい。孤独と幸福は両立するということを教えてくれる本だ。できるだけ長くこの夏の夕暮れのなかにいたくて、なかなかページを繰れない。

えくにかおり/1964年東京生まれ。87年「草之丞の話」で小さな童話大賞を受賞し、デビュー。2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、04年『号泣する準備はできていた』で直木賞、15年『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎潤一郎賞を受賞。

いしいちこ/1973年佐賀県生まれ。早稲田大学卒業後、書店員を経てライターに。読売新聞ほか新聞、雑誌で多数書評を手がける。

2017.6.8(木)

犬とハモニカ

2016.9.25〜再読「赤い長靴

夫の背中に向かってひとり微笑む日和子。危ういけれどかけがえのない、夫婦というもの。江國ワールドが新展開する注目の連作短篇 --
内容(「BOOK」データベースより)
「私と別れても、逍ちゃんはきっと大丈夫ね」そう言って日和子は笑う、くすくすと。笑うことと泣くことは似ているから。結婚して十年、子供はいない。繊細で透明な文体が切り取る夫婦の情景―幸福と呼びたいような静かな日常、ふいによぎる影。何かが起こる予感をはらみつつ、かぎりなく美しく、少し怖い十四の物語が展開する。 赤い長靴 (文春文庫) 江國 香織 本 Amazon.co.jp


2015.1.12・・再読
2014.2.5〜

ちょうちんそで」2013.1月

取り戻そうと思えば、いつでも取り返せる――闇の扉を開く新しい長編。いい匂い。あの街の夕方の匂い――人生の黄昏時を迎え、一人で暮らす雛子の元を訪れる様々な人々。息子たちと幸福な家族、怪しげな隣室の男と友人たち、そして誰よりも言葉を交わすある大切な人。人々の秘密が解かれる時、雛子の謎も解かれてゆく。人と人との関わりの不思議さ、切なさと歓びを芳しく描き上げる長編。記憶と愛を巡る物語。
Amazon.co.jp: ちょうちんそで: 江國 香織: 本

余生を送るにはまだ早いであろう54歳の雛子は、高齢者向けマンションに暮らす。一人暮らしの雛子だが、長い間疎遠で、目の前に存在しないはずの妹・飴子と幻のおしゃべりを楽しんで過ごすことが多い。古い思い出話や、マンションに住む人々のうわさ話など、二人の対話は尽きることがない。
 章が切り替わるごとに、若夫婦や大学生カップル、同じマンションに住む老夫婦たち、カナダの日本人学校に通う少女と先生といった異なる人々が現れ、各々の生活が描かれる。断片的な描写が、緩やかに全体像を見せたかと思えば、逆に謎が深まることもある。
 
表面的には穏やかでも、人は多かれ少なかれ、過去の記憶や秘密、様々な思いを抱えて生きる。雛子もまた同じだ。日常にさざ波が立ち、誰かの波のあおりを受けることもある。音、匂い、味といった五感を絡めて丹念に描かれた文章を追うことは、他者の内面を覗き見しているかのようでもある。その中に、人とのつながりの妙や、人生の先を見通すことの困難さなども見えてくる。静かで趣深い物語。

ちょうちんそで [著]江國香織 - 吉川明子 - 話題の新刊(週刊朝日) | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト

★★★

2013.9.16(月)

真昼なのに昏い部屋」(2010.3)

社長業の夫、浩さんに守られて日々の生活を送っている美弥小さん
夏のある日、アメリカ人のジョーンズさんと知り合い。。

美弥子さんは掃除好き、料理好き、じっとしていてはいけないとおしゃべりの合間にも手仕事を欠かさない
ジョーンズさんは来日して18年、15年別居中の奥さんと娘と息子がアメリカにいる
小鳥のような美弥子さんと来いに落ち。。美弥子さんは、「世界の外」(対岸)にでてしまったと気づき、驚愕。。ラストは弘さんと別居、ジョーンズさんは美弥子さんを「小鳥には見えなくなった」と思う

一気読み・・大人のための童話・・という宣伝文句があったような・・そのとおりだと思
様々な恋愛小説を読んでいると・・
今回ふと・・「なぜ人は恋愛するんだろう・・」と思ってしまった😵
恋愛は必ず冷めるのだなあ。。

ジョーンズさんといると、世の中にはいろいろな人がいること、色が溢れ音が溢れ匂いが溢れていること、すべて変化すること、すべての瞬間が唯一無二であること、でもだからこそ惜しまなくてもいいことなどが、こわいくらい鮮烈に感じられます・・

自分のまわりに確固たる世界があると思いこむのは錯覚にすぎません・・


内容紹介
--------------------------------------------------------------------------------
私は転落したのかしら。でも、どこから?
恋愛とは。結婚とは。不倫とは。
かつてない文体で本質を描き出す中央公論文芸賞受賞作。

軍艦のような広い家に夫・浩さんと暮らす美弥子さんは、「きちんとしていると思えることが好き」な主婦。アメリカ人のジョーンズさんは、純粋な彼女に惹かれ、近所の散歩に誘う。気づくと美弥子さんはジョーンズさんのことばかり考えていた――。恋愛のあらゆる局面を描いた中央公論文芸賞受賞作。
解説・奥泉光
真昼なのに昏い部屋 江國香織 講談社

2013.7.14〜

江國香織金平糖の降るところ」2011.9

プエノスアイレス近郊の日系人の町で育った佐和子とミカエラの姉妹は、少女の頃からボーイフレンドを共有することをルールにしてきた。
留学のため来日した二人は誰からも慕われる笑顔の男・達哉に好意を抱く。達哉は佐和子との交際を望み、佐和子は姉妹のルールを破り達哉と結婚。ミカエラは新しい命を宿してアルゼンチンに帰国する。
20年後、佐和子は突然、達哉に離婚届を残して不倫の恋人とともにブエノスアイレスに戻る。
ミカエラは多感な娘に成長したアジェレンと暮らしていたが達哉が佐和子を追いかけアルゼンチンにやってくると・・・

『金平糖の降るところ』江國香織 | 小学館

抱擁、あるいはライスに塩を(2010.11)
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2014年06月27日

江國香織「はだかんぼうたち」「雪だるまの雪子ちゃん」

2014.6.24(火)〜27(金)

はだかんぼうたち」(2013.3)

9歳年下の鯖崎と付き合う桃。母の和枝を急に亡くした桃の親友の響子。桃がいながらも響子に接近していく鯖崎……。"誰かを求める"思いに、あまりに素直な男女たち="はだかんぼうたち"のたどり着く地とは――。

内容(「BOOK」データベースより)

桃*35歳独身、歯科医。6年付き合った恋人と別れ9歳下の鯖崎と交際中。響子*桃の親友。元走り屋の夫や4人の子供とせわしない日々を送る主婦。山口*60歳目前に家族を捨て響子の母・和枝と同棲。だが和枝が急死し途方に暮れる。鯖崎*桃の恋人。やがて響子にも惹かれはじめ桃にその気持ちを公言する。出逢い、触れ合ってしまう“はだかんぼう”たちは、どこへたどり着くのか。年下男性との恋。親友の恋人との逢瀬。60歳目前での同棲…。心に何もまわない男女たちを描く長編恋愛小説。

Amazon.co.jp: はだかんぼうたち: 江國 香織: 本2014.2.25〜

ヒビキと鯖崎はラストで寝ている・・これもまたよしと思える。ちっ(怒った顔)・・鯖崎がしつこいんだものね。でヒビキはこのことで期間限定かもしれないけれど安息のときを迎えられるのだからこれでよいのだと思えてしまうのが江國ワールドなのかなあ
相変わらず登場人物が多くって・・読み進めるのが大変だったけど。。面白いるんるん


34.「雪だるまの雪子ちゃん」(2008.)江國香織
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2013年07月02日

抱擁、あるいはライスに塩を(2010.11)

)「毎日楽しくて幸せ」安藤、子どもが心の支えに

2013.7.1〜7/4

◆抱擁、あるいはライスに塩を(2010.11)

あいかわらずワケのわからないタイトルだ・・るんるん

三世代にわたる「風変わりな一族」の物語
東京・神谷町の洋館に暮らす柳島家は、ロシア人の祖母、変わった教育方針、四人の子供のうち二人が父か母が違う…等の事情で周囲から浮いていた。時代、場所、語り手を変え、幸福の危うさ、力強さを綴る。

読み勧めているうちにすごくだるくなるんだけど、心地よいだるさ・・
ラストは予想外で・・「だるさ」から目が冷めていく思い。・・

※・・・もう学校に行かなくてもいいと父に言い渡された日の夕食のとき・・小学校からの開放はうれしかったけれど、どこかに敗北の気持があったのだと思う。私達3人はうまくやれなかった・・・p52

※・・・なにやらあたたかな心持がして、そのことに自分が戸惑っていた。未婚のまま子どもを産むには大きな覚悟がいっただろうしそのことが本妻さんや家族にとって歓迎すべき事態だったはずはない。けど・・ひとところにかたまって手を振っていた彼らは幸せな大家族に見えた・・・p426

「理解しえないこと、そしてその先にある自由」
「歴史で大切なのは、点と点を縦に結ぶことだよ」。序盤、登場人物の一人である陸子に家庭教師の野村さんはこう教える。この言葉を聞き、8歳の陸子は気がつく。物事はあちこちでいっぺんに起こっているのだと。
 この作品は神谷町にある美術館のような洋館に住む柳島家3世代の物語であり、まさにあちこちでいっぺんに発生している物事の集積である。

 章ごとに次々と柳島家の人々、そして彼らの周囲に暮らす人々が代わる代わる登場し、「今」の自分を語る。ページを繰るたびに私は、陸子の父、豊彦の1960年時点の心の中をのぞき見たり、1973年にさかのぼり当時6歳の長女、望と共に動物園に行ったりと、柳島家の歴史の点を体験することになる。二女、陸子は初めて通い始めた小学校での受難の日々を明らかにする。陸子の母、菊乃は自立心旺盛な20代の女性として登場し妻子ある男性との友情を、陸子の叔父、桐之輔はヨーロッパを放浪中、ポルトガルで出会った一人の少女との恋を描写する。

 柳島家の人々は周囲から「変わっている」と思われている。子供たちは学校に通わず家庭教師について独自の教育を受け、叔父から体育の授業と称してビリヤードを教えてもらっている。ゆえに陸子は通い始めた小学校になじめない。家族たちは頬と頬とをくっつけ、抱擁を交わして「行ってきます」の挨拶をする。婚約者が他の男性との間に子供を身ごもっても、それを受け入れ結婚する男。他の女性を愛していることを打ち明け「彼女を失いたくない」と話す夫に、「じゃあ仕方ないわね」と応える妻。

 彼らの姿は、やはりどこか世間の言う常識からずれている。しかし、なぜだろう。彼らの語る日常に、私はとても共感できるのだ。周囲にいれば間違いなく個性的な人と評し、場合によっては奇妙な人だと敬遠してしまいそうな柳島家の人々の視点に、自らを自然に同化することができる。小学校を不衛生で言葉の通じない場所だとみなす陸子。他の学生は着ていないレインコートを着て大学に出かけ、周りから「変わり者」と思われている陸子の兄、光一。姑との関係がうまくいかない菊乃の妹、百合は体を動かして家事にいそしんでいれば、思い悩み、考えずに済むと自分に言い聞かせる。桐之輔は正しいことと正しくないことの区別がゆるぎなくある友人を不思議に思う。

 彼らの姿に、私は記憶の中の自分の姿を重ねる。給食時間に走り回る男の子たちが嫌いだったこと。母に「雨だから着て行きなさい」と言われて嫌々着て出かけたレインコートをクラスメートに奇妙な目で見られたこと。心の中に澱のように残る悩みを、仕事の忙しさで紛らわそうとする日々。「私が正しい」と言わんばかりに自信を持って語るTVのコメンテーターに対する違和感。

 一風変わっている人たちに見える柳島家の人々に、なぜか親近感がわき起こる。それは、私の中にも彼らに似た何かがあるということではないだろうか。そう感じるのは私だけではないだろう。微かでもいい。過去の、そして今の自分が、彼らの一部に重ならないだろうか。柳島家の人々を「変わっている」と見なす、「世間」を構成しているのは私を含む読者たちだろう。しかし私たちも、体のどこかに柳島家の人々に通じる要素を抱えているのだと思う。他の人とは同じではない、一風変わっていてどこか奇妙な部分を。

 百合はこう内省する。「他人を知っている気になるのなんて具の骨頂だし、そんなものは錯覚にすぎない」。そう、その通りだ。目の前の相手が何をどう感じているか、どんな奇妙な部分を抱えて生きているのかを完全に理解することはできない。彼の言う「正しい」と私の言う「正しい」は異なるかもしれない。私の言う「痛み」と他人の思う「痛み」は違うかもしれないのだ。それでも私たちは、他人の言う「痛み」と私の感じる「痛み」は同じだという前提で生きている。そうでないとコミュニケーションが成立しないからである。しかし同時に、私たちは柳島家の人々のように「他人を完全には理解していない」という原点に立ち戻ってみるべきではないだろうか。私の考えている「痛い」という感覚が確かなものなのかどうか。私の思う「正しい」が絶対的なものなのかどうか。

 それは決して絶対的なものではないと私は思う。「痛み」や「正しさ」が絶対的でないのと同様に、「愛」や「幸せ」も、私の指すものと他人が思うものが一致しない可能性がある。柳島家の人々はその可能性を知っている。だから菊乃は、妻帯者の恋人、岸辺との関係をこう語る。「どうしても定義づけるなら親友であり、肉体関係は互いの性別が違ったことの結果にすぎないし、それは私たちの魂の結びつきをさらに強めた。いけないことだろうか」。定義しなくてはいけないのであれば、恋ではなく不倫でもなく「友情」であり、「魂の結びつき」だと、世間には受け入れられないことを承知で言う。世間と自分の感覚のギャップを踏まえた定義付けである。それに対して、柳島家の周囲の人々は「違うかもしれない」という可能性に対して無頓着である。だから彼らの言動にときに戸惑い、ときに理解できずに激昂する。それは、柳島家の人々の合間に登場する、非柳島家の人々、例えば光一の恋人や、岸部の妻、ひょんなことから柳島家に招かれる寿司職人たちの戸惑い気味の語りや苛立ちの声からも明らかだ。

「違うかもしれない」という可能性を認め、百合のように「他人を知っている気になるのなんて具の骨頂」と言い切ることは、冷たく受け止められるかもしれない。しかし私は、それこそが互いを尊重し愛することであると思う。相手のすべてを理解していると思いこむことが愛ではない。そもそもそんなことは不可能なのだ。菊乃や陸子と同様、人は誰でも、世間からずれてしまう部分、他人には理解しえない部分をどこかに抱えていると私は思う。多くの人はそれを「どこか普通とは違うもの」として隠し、ないもののようにふるまう。そしてそれを隠そうとしない、もしくは隠すことができない他人を否定し、ときに嫌悪してしまうのではないだろうか。他人が、奇妙な何か、理解できない何かを内包している存在であることを受け入れ、さらに一歩進んで自分の中にも他人と同じように集団から浮いてしまう奇妙な部分が存在していることを認めること、それこそが互いを尊重することなのではないかと私は思う。それは家族といえども例外ではない。親であっても夫婦であっても、完全にはわかりあえない存在であることを認めること、それが愛なのではないだろうか。彼らはそれを実践して生きている。

 本を読むことが大好きだった陸子は、大人になってこう悟る。
「いろんな人がいて、いろんな事情がある。いろんな時代があり、いろんな場所があって、いろんなことが次々に起こる。人は愛し、人は憎む。人は出会い、人は別れる。世の中が本のなかと似ているとわかってから、私はとても自由になった」。
 陸子をはじめ、柳島家の人々はとても自由だ。彼らは人々の好奇の目にさらされることも少なくないし、それゆえに困難に満ちた生活を送ることもある。しかし私は、その自由な生き方に私は魅了される。彼らは自分の中にある奇妙な部分を押し込めようとすることもなく、他人を自分の理解の枠にあてはめようとすることもない。自由とは悩みが何もない状態でも、世界中を旅して歩くことでもないのだ。いろんな人がいろんな奇妙なものを抱えていること、その奇妙なものを完全に理解することはできないということを知り、それでもなおその人の存在を受け入れられたとき、自由は訪れる。そして同時に、他人から見れば自分もそういう存在であることを知ったとき、人は初めて真に自由になれるのではないだろうか。

【書評】江國香織 『抱擁、あるいはライスには塩を』 / 長坂陽子 「理解しえないこと、そしてその先にある自由」【Book Japan】

2011.8/8江國香織ほか「いじめの時間」1997年5月

湯本香樹実・・・リターンマッチ
江國香織・・・・緑の猫
柳美里・・・・・潮合い
大岡玲・・・・・亀をいじめる
稲葉真弓・・・・かかしの旅
角田光代・・・・空のクロール
野中梓・・・・・ドロップ

江國 香織(えくに かおり、1964年3月21日 - )は、日本の小説家、児童文学作家、翻訳家、詩人。 

1987年の『草之丞の話』で童話作家として出発、『きらきらひかる』『落下する夕方』『神様のボート』などの小説作品で人気を得る。2004年、『号泣する準備はできていた』で直木賞受賞。詩作のほか、海外の絵本の翻訳も多数。父はエッセイストの江國滋。

東京都世田谷区出身[要出典]。目白学園女子短期大学国語国文学科卒。アテネ・フランセを経て、デラウェア大学に留学。

1985年、20歳で『ユリイカ』に詩作品「綿菓子」を初投稿、「今月の作品」に選ばれ掲載される。1986年、児童文学雑誌『飛ぶ教室』に投稿した「桃子」が入選。翌年に『草之丞の話』で、はないちもんめ小さな童話賞大賞。1989年、アメリカ留学時の体験を題材にした小説『409ラドクリフ』でフェミナ賞受賞。同年に初の短編小説集『つめたいよるに』を刊行。1991年、童話集『こうばしい日々』で産経児童出版文化賞、翌年坪田譲治文学賞受賞。

1992年、アルコール依存症の妻と同性愛者の夫との生活を描いた『きらきらひかる』で紫式部文学賞を受賞、映画化もされる。1999年、『ぼくの小鳥ちゃん』で路傍の石文学賞受賞。2001年、描き下ろし短編集『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞。2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞受賞。『がらくた』で島清恋愛文学賞受賞。

小説、エッセイ、絵本、詩の執筆活動を続ける。映画化作品として、『落下する夕方』(1996年)、辻仁成との共作『冷静と情熱のあいだ』(1999年)、『東京タワー』(2001年)、『間宮兄弟』(2004年)、『スイートリトルライズ』(2010年)がある。2013年3月にはNHK BSプレミアムにて『神様のボート』全3話が放送された。短編集『つめたいよるに』収蔵の「デューク」は、2001年度のセンター試験「国語T」で全文が出題される。

夫は銀行員。喫煙者で、阪神ファンであり、好きな選手は中野佐資(1986年 - 1993年阪神)。ギャンブルでは競艇のファンでもある。チョコレートが大好きで、結婚する際夫に、「他の女性にチョコレートを贈らない」という約束をさせた。雨が大好きで、子どもの頃は雨が降ると母や妹と一緒に眺めていたという。ペットは、アメリカン・コッカー・スパニエルの「雨」(オス)。エッセイ『雨はコーラがのめない』では、雨と音楽との生活を綴っている。

父の江國滋を訪ねてよく遊びに来ていた色川武大を、香織ら子供たちは「色ちゃん」と呼んでいた。

受賞歴
1987年 『草之丞の話』ではないちもんめ小さな童話賞大賞。
1989年 『409ラドクリフ』で第1回フェミナ賞。
1991年 『こうばしい日々』で第38回産経児童出版文化賞。
1991年 『こうばしい日々』で第7回坪田譲治文学賞。
1992年 『きらきらひかる』で第2回紫式部文学賞。
1999年 『ぼくの小鳥ちゃん』で第21回路傍の石文学賞。
2002年 『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で第15回山本周五郎賞。
2004年 『号泣する準備はできていた』で第130回直木賞。
2007年 『がらくた』で第14回島清恋愛文学賞。
2010年 『真昼なのに昏い部屋』で第5回中央公論文芸賞。
2012年 「犬とハモニカ」(『新潮』2011年6月号)で第38回川端康成文学賞。

著書
小説・童話
長編
きらきらひかる(新潮社、1991年5月)のち文庫
ホリーガーデン(新潮社、1994年9月)のち文庫
なつのひかり(集英社、1995年11月2日)のち文庫
流しのしたの骨(マガジンハウス、1996年7月)のち新潮文庫
落下する夕方(角川書店、1996年11月)のち文庫
ぼくの小鳥ちゃん(あかね書房、1997年11月)のち新潮文庫
神様のボート(新潮社、1999年7月)のち文庫
冷静と情熱のあいだ Rosso(角川書店、1999年10月)のち文庫
辻仁成が男性側の視点から「Blu」を描く。辻とのコラボレーション小説。
薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木(集英社、2000年4月)のち文庫
ウエハースの椅子(角川春樹事務所、2001年1月)のちハルキ文庫、新潮文庫
ホテルカクタス(ビリケン出版、2001年4月)のち集英社文庫
東京タワー(マガジンハウス、2001年12月)のち新潮文庫
スイートリトルライズ(幻冬舎、2004年3月)のち文庫
思いわずらうことなく愉しく生きよ(光文社、2004年6月19日)のち文庫
間宮兄弟(小学館、2004年9月29日)のち文庫
すきまのおともだちたち 絵:こみねゆら(白泉社、2005年6月)のち集英社文庫 
がらくた(新潮社、2007年5月)のち文庫 
左岸(集英社、2008年10月11日)のち文庫
対する男性側「右岸」を辻仁成が描く。辻とのコラボレーション小説第二弾。
雪だるまの雪子ちゃん 絵:山本容子(偕成社、2009年9月)
真昼なのに昏い部屋(講談社、2010年3月25日)のち文庫
抱擁、あるいはライスには塩を(集英社、2010年11月5日) 
金米糖の降るところ(小学館、2011年9月28日) 
ちょうちんそで(新潮社、2013年1月31日)
はだかんぼうたち(角川書店、2013年3月26日)

短編集
つめたいよるに(理論社、1989年8月)のちサイズを変更して再刊行(1991年7月)のち新潮文庫
こうばしい日々(あかね書房、1990年10月)のち新潮文庫
綿菓子(理論社、1991年2月)のち新装版(1993年3月)
温かなお皿(理論社、1993年6月)
すいかの匂い(新潮社、1998年1月)のち文庫
江國香織とっておき作品集(マガジンハウス、2001年8月)
泳ぐのに、安全でも適切でもありません ホーム社、2002年3月5日)のち集英社文庫
いつか記憶からこぼれおちるとしても(朝日新聞社、2002年11月)のち文庫
号泣する準備はできていた(新潮社、2003年11月19日)のち文庫
赤い長靴(文藝春秋、2005年1月15日)のち文庫
ぬるい眠り(新潮文庫、2007年2月28日)
犬とハモニカ(新潮社、2012年9月28日)

エッセイ
都の子(文化出版局、1994年6月)のち集英社文庫
泣かない子供(大和書房、1996年5月)のち角川文庫
絵本を抱えて部屋のすみへ(白泉社、1997年6月)のち新潮文庫
いくつもの週末(世界文化社、1997年10月)のち集英社文庫
十五歳の残像(新潮社、1998年10月)
泣く大人(世界文化社、2001年7月)のち角川文庫
日のあたる白い壁(白泉社、2001年7月)のち集英社文庫
とるにたらないものもの(集英社、2003年7月25日)のち文庫
雨はコーラがのめない(大和書房、2004年5月)のち新潮文庫
やわらかなレタス(文藝春秋、2011年2月25日) 

絵本
あかるい箱 絵:宇野亜喜良(マガジンハウス、1992年6月)のち2002年10月に復刊
モンテロッソのピンクの壁 絵:荒井良二(ほるぷ出版、1992年12月)のち集英社文庫
夕闇の川のざくろ 絵:守屋恵子(八曜社、1993年6月)のちポプラ文庫
デューク 絵:山本容子(講談社、2000年11月8日)
桃子 絵:飯野和好(旬報社、2000年11月)
草之丞の話 絵:飯野和好(旬報社、2001年7月)
おさんぽ 絵:こみねゆら(白泉社、2002年7月12日)
ジャミパン 絵:宇野亜喜良(アートン、2004年9月)
いつか、ずっと昔 絵:荒井良二(アートン、2004年12月)
ふりむく 絵:松尾たいこ(マガジンハウス、2005年9月15日)
カエルの王さま―あるいは鉄のハインリヒ グリム童話 絵:宇野亜喜良(フェリシモ出版、2009年7月17日)

詩集
すみれの花の砂糖漬け(理論社、1999年11月)のち新潮文庫
活発な暗闇(いそっぷ社、2003年4月)
パンプルムース! 絵:いわさきちひろ(講談社、2005年2月24日)のち文庫
いちねんせいになったあなたへ 絵:井口真吾(小学館、2011年3月1日)

江國香織 - Wikipedia
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