2019年03月05日

「ロゴセラピーのエッセンス」「それでも人生にイエスという」「夜と霧」「生きがい喪失の悩み」ヴィクトール・E・フランクル

2019.3.5

29.ロゴセラピーのエッセンス



2017 9 1

VEフランクル「それでも人生にイエスという」CIMG1716.JPG

p25しあわせは目標ではなく、結果にすぎない。

p27「わたしは人生になにを期待できるか」ではなく「人生は私になにを期待しているか」と問う


2017.6.15(木)

生きがい喪失の悩み1977年

p42・・「・・いたるところでとめどもなく増えていく没個性化と非人間化の傾向には、再人間化された精神療法だけが匹敵することができるでしょう・・」







2017.6.12(月)・・一気読みしてしまいそうだ。・・第2次世界大戦中、ドイツの強制収容所を体験した心理学所の記録・・101.「夜と霧ヴィクトール・E・フランクル。1956年初版。日本語訳。池田香代子(2002年11月みすず書房出版

p37・・両手で柱にすがって体を引き上げないと足のちからだけでは自分の体重を20センチを持ち上げることなどもできなくなっていた・・

夜と霧 (文学)

『夜と霧』(よるときり)は、1946年に出版されたヴィクトール・フランクルの強制収容所経験に基づいた書籍作品である。
日本語訳はみすず書房が出版している。
原文のタイトルは…trotzdem Ja zum Leben sagen:Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager (Kösel-Verlag, München 1977) 、日本語訳すると『それでも人生に然りと言う:ある心理学者、強制収容所を体験する』となる。 日本語題「夜と霧」は夜陰に乗じ、霧に紛れて人々が連れ去られ消された歴史的暗部を比喩した。
言語を絶する感動」と評されている。(『アンネの日記』(文春文庫ほか)に並ぶロングセラーである)
発行部数は、英語版だけでも900万部に及び、1991年のアメリカ国会図書館の調査で「私の人生に最も影響を与えた本」のベスト10に入ったという[1]。また、日本語を含め17カ国語に翻訳されており、読売新聞による「読者の選ぶ21世紀に伝えるあの一冊」のアンケート調査でも、翻訳ドキュメント部門の第3位となった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9C%E3%81%A8%E9%9C%A7_(%E6%96%87%E5%AD%A6)


ヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor Emil Frankl、1905年3月26日 - 1997年9月2日)は、オーストリアの精神科医、心理学者。著作は多数あり日本語訳も多く重版されており、特に『夜と霧』で知られる。

来歴1905年にウィーンに生まれる。ウィーン大学在学中よりアドラー、フロイトに師事し、精神医学を学ぶ。
ウィーン大学医学部精神科教授、ウィーン市立病院神経科部長を兼任する。「第三ウィーン学派」として、また独自の「実存分析」を唱え、ドイツ語圏では元々知られていた。フランクルの理論にはマックス・シェーラーの影響が濃く、マルティン・ハイデッガーの体系を汲む。精神科医として有名であるが、脳外科医としての腕前も一級であった。
1933年から、ウィーンの精神病院で女性の自殺患者部門の責任者を務めていたが、ナチスによる1938年のドイツのオーストリア併合で、ユダヤ人がドイツ人を治療することが禁じられ、任を解かれた。1941年12月に結婚したが、その9ヶ月後に家族と共に強制収容所のテレージエンシュタットに収容され、父はここで死亡し、母と妻は別の収容所に移されて死亡した。フランクルは1944年10月にアウシュビッツに送られたが、3日後にテュルクハイムに移送され、1945年4月にアメリカ軍により解放された。その後1946年にウィーンの神経科病院に呼ばれ、1971年まで勤務した。1947年に再婚している。
強制収容所での体験をもとに著した『夜と霧』は、日本語を含め17カ国語に翻訳され、60年以上にわたって読み継がれている。発行部数は、(20世紀内の)英語版だけでも累計900万部に及び、1991年のアメリカ国会図書館の調査で「私の人生に最も影響を与えた本」のベストテンに入ったという[1]。他に読売新聞による2000年の「読者の選ぶ21世紀に伝えるあの一冊」のアンケート調査で、翻訳ドキュメント部門第3位となったとされる。
よく誤解されるが、フランクルのロゴセラピは収容所体験を基に考え出されたものではなく、収容される時点ですでにその理論はほぼ完成されており、はからずも収容所体験が理論の正当性を検証することとなった[2]。
極限的な体験を経て生き残った人であるが、ユーモアとウィットを愛する快活な人柄であった。学会出席関連などでたびたび日本にも訪れていた。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AB

ロゴセラピー(意味中心療法 ; 実存分析、英語: Logotherapy)とは、人が自らの「生の意味」を見出すことを援助することで心の病を癒す心理療法のこと。創始者は、神経科医で心理学者のヴィクトール・フランクル
ロゴセラピーは、ジークムント・フロイトの「精神分析」やアルフレッド・アドラーの「個人心理学」と並び、心理療法のウィーン学派三大潮流のひとつとして挙げられることもあるものである。
「ロゴ」は、ギリシア語で「意味」の意である。ロゴセラピーは、人は実存的に自らの生の意味を追い求めており、その人生の意味が充たされないということが、メンタルな障害や心の病に関係してくる、という見解を基にしている。(心的な疾患は、当事者に人生の意味に関して非常に限定的な制約を課していると言える。)ロゴセラピーは、人にその生活状況の中で「生きる意味」を充実させることが出来るように、あるいはその価値の評価の仕方を変えることが出来るように援助しようとするものである。
そのためロゴセラピーは手法として、実存主義的アプローチをとり、下記の3点を基本仮説とする。
意志の自由 - 人間は様々な条件、状況の中で自らの意志で態度を決める自由を持っている。(決定論の否定)
意味への意志 - 人間は生きる意味を強く求める。
人生の意味 - それぞれの人間の人生には独自の意味が存在している。


フランクルは、人の主要な関心事は快楽を探すことでも苦痛を軽減することでもなく、「人生の意味を見出すこと」であるとする。人生の意味を見出している人間は苦しみにも耐えることができるのである。

次元的存在論
フランクルはまず、精神分析におけるコンプレックスや生物学における遺伝子など人の心を一つの観点から説明する仕方に注意を払う。こうした還元主義に対して提唱されたのが次元的存在論である。人は多様性にも関わらずに統一された存在であり、この多様性を次元としてとらえるのである。フランクルは心理と精神の区別を強調し、人の心は身体的なもの、心理的なもの、精神的なものの三つの次元からなるとしている。
三つの価値カテゴリー
フランクルは人が意味を見出すことのできる価値は三つのカテゴリーに分けられるとしている。人はどのような状況になってもこのいずれかのカテゴリーで意味を見出せるのであり、一つのカテゴリーでの意味実現が不可能になったときには他のカテゴリーへの移行などを柔軟にこなすことが必要なのである。その三つのカテゴリーは創造、体験、態度に分けられる。創造価値は職業や趣味などでの実際の活動に含まれる価値を、体験価値は自然や芸術などの受容、鑑賞などに含まれる価値を、態度価値はその都度の状況へ向かって何かしらの態度をとること、その勇気や品位に含まれる価値を指している。人は主体的な活動ができなくなったり、またその都度の感覚器官までを失うというような場合でも意味の実現が可能であるということをこのカテゴリー群は示している。
超意味
動物のその固有の環境世界を超えた次元に、そうした環境世界から解放された人間のもつ世界がある。フランクルはそうした動物の環境世界を超えたところに人間の世界があるように、人間の世界を超えたところにも一つの全体としての世界、すなわち超世界があると推定する。超世界はまたその一つの全体的な意味を持っており、これを超意味という。超意味は人が直接問うことのできないものであるが、人の世界に意味を与える根源であるとされている。
技法
ロゴセラピーには心理療法における具体的な手法として「逆説志向」と「反省除去」というものがある。
逆説志向
ロゴセラピーでは、まず患者が何かを恐れて不安を感じるという予期不安という現象に注目し、その予期不安が実際にその予期している事態を実現させていると仮定する。こうして実現された事態はさらに予期不安を強化させ、循環メカニズムが神経症を形成する。逆説志向とは患者が恐れているその事態を望み、自らをそれを実行しようと決断することである。こうすることによって予期不安は解消され、症状の連鎖が断たれるとされている。フランクルは逆説志向を実践するにあたってはユーモアが重要だとしている。ユーモアは本質的に人間的な現象であり、その都度の自己やその状況から距離をとる性質がある。これを自己距離化といい、不安への態度の変更に役立つとされている。また、フランクルはこの逆説志向は短期間で行えることや、効果は永続性を持っているということも主張している。
反省除去
フランクルは人の普段の創造性や決断は根源的には無意識で行われるととらえている。このことから、本来無意識に任せるべきである活動を過剰に志向したり反省したりすることが神経症の原因となる。反省除去とはこのような過剰な志向や反省を取り除き、当の活動に専念することである。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B4%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%94%E3%83%BC
posted by りょうまま at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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