2017年06月30日

中脇初枝「みなそこ」

2017.6.30

世界の果ての子供たち」(2015年)
世界の果てのこどもたち [著]中脇初枝
[評者]蜂飼耳(詩人・作家)[掲載]2015年08月16日

人生を支える「優しさ」の記憶

 ある場面の記憶が、その後の人生を通して残り続け、生き方を支える。中脇初枝『世界の果てのこどもたち』は、人の優しさを身にしみて感じた記憶が、どのように胸に留(とど)まり展開するかを描いた小説だ。その意味で、物語の描線と著者の願いは一致する。
 物語は、満州で出会った三人の少女を中心に進む。戦時中、家族と高知県から渡満して、開拓団村に暮らす珠子(たまこ)。朝鮮人の美子(ミジャ)。横浜から来た茉莉(まり)。三人は国民学校の一年生だ。懸命に働く人々と生活の厳しさを描きながら、著者はそこに、子どもたちが友情を育んでいく様子を織りこむ。民族や言葉の違いを超えて親しくなる子どもたちの姿に、著者が託したものを読み取ることは難しくない。
 ある日、三人は遠くの寺へ出かける。片道数時間かかる場所。到着後、大雨となり、周辺は洪水に見舞われる。身を寄せ合って凌(しの)ぐ間に、美子は一つだけ残っていた自分のおむすびを三つに割り、二人にも分ける。この記憶を、三人はその後、何十年も持ち続けることになるのだ。
 ソ連軍の満州侵攻。関東軍の撤退。敗戦。開拓団の日本人は逃げる途中で次々と命を落とす。現地人の襲撃や病気や飢えによって。珠子は撫順の収容所にいるときにさらわれ、売られる。中国人夫婦に買われて、幸いにも愛情深く養育される。けれど、それは日本語を見失っていく過程でもある。横浜大空襲で家族を失い、孤児となって施設で育つ茉莉。家族と日本へ渡り、差別と闘いながら自分の生きる道を切り拓(ひら)く美子。
 翻弄(ほんろう)されながらも精いっぱい生きようとする三人に訪れる、四十年後の再会の瞬間。「忘れようとしても忘れられない、つらい記憶。でもそれ以上に忘れられないものがあった」。戦争や東アジアの歴史と向き合う、子どもたちの物語。どんな時代も、人を生かすものは人の気持ちなのだと伝える作品だ。
    ◇
 講談社・1728円/なかわき・はつえ 74年生まれ。『きみはいい子』『わたしをみつけて』など。

戦時中、高知県から親に連れられて満洲にやってきた珠子。言葉も通じない場所での新しい生活に馴染んでいく中、彼女は朝鮮人の美子(ミジャ)と、恵まれた家庭で育った茉莉と出会う。お互いが何人なのかも知らなかった幼い三人は、あることをきっかけに友情で結ばれる。しかし終戦が訪れ、珠子は中国戦争孤児になってしまう。美子は日本で差別を受け、茉莉は横浜の空襲で家族を失い、三人は別々の人生を歩むことになった。
あの戦争は、誰のためのものだったのだろうか。
『きみはいい子』『わたしをみつけて』で多くの読者に感動を与えた著者が、二十年以上も暖めてきた、新たな代表作。


2017.4.28

78.中脇初枝「みなそこ」2014.10
あたしたちは繫がったまま、橋から飛び降りた。彼と触れあうことは、きっともう、二度とない──。水面のきらめき。くもの巣。お施餓鬼の念仏。台風の日のかくれんぼ。考えもしなかった相手に心を奪われ、あの腕にからめとられてあたしは──。沈下橋のかかる川のほとりで、その夏を永遠にした恋を描く、注目作家の新境地作・・・どんなにたくさんの人がいても、あたしの眼はすぐに彼を見つけてしまう。

中脇初枝 ナカワキ・ハツエ
1974(昭和49)年、徳島県生れ、高知県育ち。筑波大学卒。高校在学中の1991(平成3)年に『魚のように』で坊っちゃん文学賞を受賞し、17歳でデビュー。2013年『きみはいい子』で坪田譲治文学賞を受賞。同作は本屋大賞2013の第4位となり、映画化もされた。著書は絵本に『こりゃまてまて』『あかいくま』、昔話の再話に『ゆきおんな』『女の子の昔話』『ちゃあちゃんのむかしばなし』、小説に『わたしをみつけて』『みなそこ』『世界の果てのこどもたち』(本屋大賞2016第3位)などがある。

★★★

中脇 初枝(なかわき はつえ、1974年1月1日[1] - )は日本の小説家、児童文学作家
徳島県の山間部の祖谷(現・三好市)に生まれ[2][3]、2歳の時から高知県中村市(現・四万十市)で育つ[4][5]。
高知県立中村高等学校[5]在学中の1991年に高知新聞紙上でたまたま募集記事を見かけて応募した第2回坊っちゃん文学賞にて『魚のように』により大賞を受賞[6]、17歳で小説家としてデビューした[7]。同作は1993年3月に新潮社より刊行され、あわせてNHKによりテレビドラマ化された。
小学6年生の時に柳田國男『遠野物語』を読んで民俗学者を強く志し[8]、高校卒業後は筑波大学第二学群比較文化学類へ進学[1][7]。日本民俗学を専攻し[9]、1996年に卒業。在学中もフィールドワークの傍らで創作活動を行い、大学卒業後に『稲荷の家』(1997年)、『祈祷師の娘』(2004年)などの作品を発表[6]。『祈祷師の娘』は2005年の第52回産経児童出版文化賞推薦を受賞した。
2012年、児童虐待をテーマとした『きみはいい子』は書店員の支持を受けて5万部を超えるヒット作となり[10][11]、2013年に第28回坪田譲治文学賞を受賞[12]。同作は2015年に映画化され[13]、第37回モスクワ国際映画祭・コンペティション部門でNETPAC賞(最優秀アジア映画賞)[14][15]、第7回TAMA映画賞で最優秀作品賞を受賞した[16]。
2014年、『わたしをみつけて』が第27回山本周五郎賞候補に選出され[17]、翌2015年にNHK総合の「ドラマ10」枠にてテレビドラマ化された[18]。2016年、『世界の果てのこどもたち』が第37回吉川英治文学新人賞候補となり、2016年(第13回)本屋大賞で3位となった。
創作活動の傍らで民話・昔話の研究を続け、子供向けの絵本や昔話の再話を執筆。また、昔話の語りをライフワークとしている[1
posted by りょうまま at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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