2020年09月06日

村上春樹「風の歌を聴け」「アフターダーク」「騎士団長殺し」「IQ84(再読)」「海辺のカフカ」「約束された地で」「ねじまき鳥クロニクル」「国堺の南、太陽の西」

2020.9.4金

81「風の歌を聴け」1979年7月CIMG3489.JPG1970年夏、あの日の風はものうくほろ苦く通り過ぎていった。僕たちの夢は、もう戻りはしない・・群像新人賞を受賞したデビュー作(帯より)

wired、ニムロッドと現代感満載の本を読んでぐったりしたので、ぼーっとしたいなと本棚を眺めて昔の本を再読。「風の歌を聴け」1979年村上春樹デビュー作・・上田岳博弘さんが影響を受けたらしい本で、ぼーっとしたいけどニムロッドから離れてない( ;∀;) 21歳の主人公たち、夏休みの終わりの物語、帯には1970年、ものうくほろにがい夏の出来事・・とある。今の季節に読むのにぴったり!!1970年ってすごく大昔なのに、2020年の今もどこかで、こんな会話がかわされるかもしれないなあ、そうだといいなあ・・と思えるお話・・「人生に絶望する」「人生は空っぽ」等感覚を味わうのはキツイ・・若ければ若いほど苦しいことになるだろうな。私が20代のころは退屈はしたし悩みもしたけどそれを忘れるように大騒ぎしていたなと振り返り、それはそれでそのつけは大きかったりする( `ー´)「人生は空っぽ」いまは「そうね」って思う

p119で大きな古墳を眺めながら、すべてがのみこまれて一体化する感覚を鼠が味わったとはなす下りがあるけれど、これってニムロッドの情報化社会のなれのはて個が溶けて全体に飲み込まれると同じじゃんと発見。「あ、見つけた!!共通点」と面白く感じていた

p125「我々は時の間をさまよう・・風さ」

p135「なぜ人は死ぬの?」「進化してるからさ。個体は進化のエネルギーに耐えることができないから世代交代する。もちろんこれはひとつの説にすぎないけれどね」「今でも進化してるの」「少しづつね」「なぜ進化するの」「・・宇宙全体が進化してるってことなんだ・・結局のところ僕たちはその一部にすぎないんだ・・」「そのエネルギーがどこからきているかは誰にもわからない」・・こんな記述があったんだという驚き

デレク・ハートフィールド出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(Derek Heartfield 1909年-1938年)は、村上春樹の小説『風の歌を聴け』の中に登場する架空の人物。主人公の「僕」が最も影響を受けた作家として登場する。

言葉に「文章をかくという作業は、とりもなおさず自分と自分をとりまく事物との距離を確認することである。必要なものは感性ではなく、ものさしだ。」「私はこの部屋にある最も神聖な書物、すなわちアルファベット順電話帳に誓って真実のみを述べる。人生は空っぽである、と。」「誰もが知っていることを小説に書いて、いったい何の意味がある?」「宇宙の複雑さに比べればこの世界などミミズの脳味噌のようなものだ。」「私の天気予報が外れると、次の日、隣家の鶏は1オクターブ低く鳴く。」などがある。

p159 「ハイヒールの踵くらいの小さな墓」



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E3%81%AE%E6%AD%8C%E3%82%92%E8%81%B4%E3%81%91より
1979年4月発表の第22回群像新人文学賞受賞を受けて、同年5月発売の『群像』6月号に掲載された。同年7月23日、講談社より単行本化された。表紙の絵は佐々木マキ。本文挿絵は村上自身が描いた。1982年7月12日、講談社文庫として文庫化された[3]。2004年9月9日、文庫の新装版が出版された。

タイトルは、トルーマン・カポーティの短編小説 "Shut a Final Door" (「最後のドアを閉じろ」)の最後の一行「Think of nothing things, think of wind」から取られた。なお、群像新人文学賞応募時のタイトルは「Happy Birthday and White Christmas」あった。この言葉は表紙の上部に小さく書かれている。

当時の村上春樹と同じく1978年に29歳になった「僕」が、1970年8月8日から8月26日までの18日間の物語を記す、という形をとり、40の断章と、虚構を含むあとがきから成る。「鼠三部作」の1作目[注 3]。

2005年時点で、単行本・文庫本を合わせて180万部以上が発行されている。


p13〜「虫唾が走る」「金持ちなんて・皆・糞くらえさ」。。自宅がかなり金持ちの鼠は言う。(鼠)「僕のせいじゃないさ」(僕)「いやお前のせいさ」鼠の言い分にも一理あるのだから「お前のせいさ」と言った僕は嫌な気分になる。
僕と鼠が出会ったのは3年前、大学に入ったころ



★★

2019.2.4〜 18・「アフターダーク」(2004)CIMG2263.JPG

アフターダーク出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


2004年9月7日、講談社より刊行された[1]。装丁は和田誠。写真は稲越功一。表紙と扉には「afterdark」という英題が記されている。2006年9月15日、講談社文庫として文庫化された。
村上は執筆のきっかけのひとつとして、ロベール・アンリコ監督のフランス映画『若草の萌えるころ』(1968年)を挙げている[注 1]。
作中には村上が表現する、深夜の都会という「一種の異界」が描かれている[注 2]。全18章において、具体的に23時56分から6時52分まで、一夜の不可逆的な時間軸の出来事として(各章、および物語の中にアナログ時計が描かれ、それぞれの物語の開始の時間を示している)、三人称形式と共に、「私たち」という一人称複数の視点から複数の場面(マリ、エリ、高橋、白川、カオルなどの様子)を捉えつつ物語は進む。しばしばその「私たち」は自意識を持つ語り手となるのが特徴である。
『ニューヨーク・タイムズ』のブック・レビューにおける「2007年注目の本」の小説部門ベスト100に、本書の英訳版が選出された[4

時刻は真夜中近く。彼女はずいぶん熱心に本を読んでいる。様々な種類の人間が深夜の「デニーズ」で食事をとり、コーヒーを飲んでいるが、女性の一人客は彼女だけだ。
入り口の自動ドアが開き、大きな黒い楽器ケースを肩にかけた若い男が中に入ってくる。「君は浅井エリの妹じゃない?」 彼女は無言だ。男は続ける。「君の名前はたしかユリちゃん」 彼女は簡潔に訂正する。「マリ」
部屋の中は暗い。しかし私たちの目は少しずつ暗さに慣れていく。美しい女がベッドに眠っている。マリの姉のエリだ。部屋のほぼ中央に椅子がひとつだけ置かれている。椅子に腰かけているのはおそらく男だ。
マリに話しかけた男が立ち去ると、金髪の大柄な女が店内に入ってくる。女はマリの向かいのシートに腰を下ろす。「タカハシに聞いたんだけど、あんた中国語がべらべらにしゃべれるんだって?」
女の名はカオルといい、ラブホテル「アルファヴィル」[注 3]のマネージャーをやっている。カオルはマリに通訳を頼みたいという。「アルファヴィル」の部屋では、客に殴られ身ぐるみはがれた中国人の娼婦が声を出さずに泣いている。娼婦の名は郭冬莉(グオ・ドンリ)。マリと同じ19歳だ。
カオルは従業員のコオロギとコムギとともに防犯カメラのDVDを調べ、殴った男の映像を見つけ出す。
「アルファヴィル」の防犯カメラに映っていた男は、同僚たちがみんな帰ってしまったあとのオフィスでコンピュータの画面に向かって仕事をしている。
午前3時。「すかいらーく」でマリが一人で本を読んでいると、高橋が店に現れる。
エリはまだ眠り続けている。




2017.12.25(火)「女のいない男たち」再読

2017.10.10
村上春樹氏のノーベル文学賞遠のいた? 文芸評論家・川村湊氏「少なくとも7、8年後」
スポーツ報知
日系の英国人作家カズオ・イシグロ氏(62)が今年のノーベル文学賞受賞者に決定してから一夜明けた6日、受賞には至らなかった日本の作家・村上春樹氏(68)について、文芸評論家の川村湊氏は「村上さんの受賞は遠のいたと思います。少なくとも7、8年後でしょう」と分析した。
 昨年の著書「村上春樹はノーベル賞をとれるのか?」でイシグロ氏受賞の可能性を明記していた川村氏は「驚きはないですね」と感想を述べながら「村上さんも受賞を争ったと思いますけど、スウェーデン・アカデミーは昨年、ボブ・ディランを選んで一部で批判されたので、今回は文学の王道たるイシグロさんを選ぼうと思ったのではないでしょうか。世界的には村上さんはエンターテインメント作家と見られています」と選考経過を読む。
 ノーベル文学賞は、国籍や言語によって「持ち回り」の周期があるとされる。川村氏は「続くことは過去に一度もありません。今回、23年ぶりの日本出身作家ですから、日本人作家は当分ないでしょう」とみている。アジア人としても、直近の受賞は2012年の中国・莫言氏。その前は00年の高行健氏(中国)。昨年のディランは米国人として23年ぶりの受賞だった。
 イシグロ氏は、ロンドンの出版社で2度目の会見に臨んだ。親友でもある村上氏の名前を挙げて「他の偉大な作家が受賞していないのは少し罪悪感を覚える」と複雑な胸中を吐露しながら「ディラン、私となったので、次は春樹さんに取ってほしい」と期待を口にした。
 三浦春馬(俳優。イシグロ氏原作のドラマ「わたしを離さないで」に出演)「独自の世界観の中で命の煌(きら)めき、希望を持つことのかけがえのなさを学ばせていただいたことを懐かしく、そしてあらためて光栄に感じます。これからも作品たちが、世界中の人々に愛され続けることを願っています」

★★★★


2017.7.3 112.「ノルウェーの森」(1987年)再読・・
p85・・「自分がやりたいことをやるのではなく、やるべきことをやるのが紳士だ」
p385・・・「・・・放っておいても物事は流れるべき方向に流れるし、どれだけベストを尽くしても人は傷つくときは傷つくのです。人生とはそういうものです・・

2017.6.21 106「国境の西、太陽の南」(再読)

2017.6.6〜2017.6.20.。「ねじまき鳥クロニクル」(再読)

2017.5.5 86.「約束された地で」

2017.5.1〜5/4 85.「海辺のカフカ」再読・・・『海辺のカフカ』(うみべのカフカ)は、村上春樹の10作目の長編小説。 ギリシア悲劇と日本の古典文学を下敷きにした長編小説であり、フランツ・カフカの思想的影響のもと[注 1]ギリシア悲劇のエディプス王の物語と、『源氏物語』や『雨月物語』などの日本の古典小説が物語の各所で用いられている。20代後半から30代前半の主人公が多い村上小説にしては珍しく、15歳の少年「僕」が主人公で、不思議な世界を自ら行き来しながら、心の成長を遂げていく物語である。また本作は『ねじまき鳥クロニクル』からの暴力、戦争といったテーマが引き継がれており、生々しい残虐なシーンも同様に登場する。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E8%BE%BA%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%AB

2017.3.23(木)

昨日から61「海辺のカフカ」を読んでいる(^^)/・・CIMG1498.JPG

2017.3.20(月)
IQ84を再読書中・・最終章(10月〜12月)へ来た・・

「牛河」氏は嫌悪する以外の感想を持てない。吐き気がするほど嫌いだ( ;∀;)

2017.3.13(月)〜

IQ84を再読書中

◆新潮文庫 BOOk1-前編
p205・・「常識を働かせ、しっかり目をあけていれば、どこが最後かはおのずと明らかになる」

p294・・・「深田」について・・能弁すぎて自分の言葉に酔ってしまう傾向があり、深いレベルでの内省と実      証に欠けるところも見受けられた。

p299・・・「・・じきに世界が終わるというのは、睾丸を思い切りけられた時のようなものなのかしら」
      「・・・そこにはただ深い無力感しかないんだ。暗くて切なくて救いがない・・」

p307・・・「歳の問題ではありません。これは生き方そのものの問題です。常に真剣に自分の身を護る姿勢が
      大事なのです。攻撃を受けることだけに甘んじていてはどこにもいけません。慢性的な無力感は人      を蝕み損ないます。」

◆新潮文庫 BOOk1-後編(4月〜6月)

P93・・・「一人でもいいから、心から誰かを愛することができれば、人生には救いがある。たとえその人と一      緒になることができなくても」
CIMG1495.JPG


★★★

2017.3.1〜3/9・・・1週間もかかってしまった・・1000ページ2冊!!!長っつ。村上春樹さまだから許される出版ではないだろーか!!!絶対売れるぜって前提の企画だ

騎士団長殺し
posted by りょうまま at 23:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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