2019年03月22日

角田光代「源氏物語 上中」「なくしたものたちの国」「世界は終わりそうにない」「笹の舟で海を渡る」「私の中の彼女」「平凡」「ひそやかな花園」「ツリーハウス」

2019.3.22 〜

さあ、読み始めよう、38「源氏物語 中」

2019.2.24〜

27.源氏物語 上


2016.6.21(火)

61.共著:松尾たいこ「なくしたものたちの国」(2010)

2016.6.7(火)

54.「坂の上の家」(2016.1)・・・
テーマは「裁判員裁判にかかわることになった若い母親の思い、変化等」と思ったが・・・なになにそんな簡単なものではない・・角田さんの著書でひとつのテーマで成り立つ小説であるわけがないのであった・・

児童虐待は本当に行われていたのか??、夫婦とは、親子とは・・これでもかこれでもか、考えろ考えろ・・と問題が提示され混乱することこの上ない・・


2015.10.28

「世界は終わりそうにない」

2015.1.29〜

笹の舟で海を渡る(2014.9)

容紹介

『本の雑誌』が選ぶ 2014年ベスト10(ノンジャンル)の第1位 獲得! !

終戦から10年、主人公・左織(さおり)は22歳の時、銀座で女に声をかけられる。
風美子(ふみこ)と名乗る女は、左織と疎開先が一緒だったという。
風美子は、あの時皆でいじめた女の子?「仕返し」のために現れたのか。

欲しいものは何でも手に入れるという風美子はやがて左織の「家族」となり、
その存在が左織の日常をおびやかし始める。
うしろめたい記憶に縛られたまま手に入れた「幸福な人生」の結末は――。

激動の戦後を生き抜いた女たちの〈人生の真実〉に迫る角田文学の最新長編。
あの時代を生きたすべての日本人に贈る感動大作!

内容(「BOOK」データベースより)

あの日、思い描いた未来を生きていますか?豊かさに向かう時代、辛い過去を葬ったまま、少女たちは幸福になったのだろうか―。激動の戦後を生き抜いたすべての日本人に贈る感動大作!

Amazon.co.jp: 笹の舟で海をわたる: 角田 光代: 本

2014.9.8(月)

私の中の彼女(2013.11)

いつも前を行く彼と、やっと対等になれるはずだったのに──。待望の最新長篇小説。

「もしかして、別れようって言ってる?」ごくふつうに恋愛をしていたはずなのに、和歌と仙太郎の関係はどこかでねじ曲がった。全力を注げる仕事を見つけ、ようやく彼に近づけたと思ったのに。母の呪詛。恋人の抑圧。仕事の壁。祖母が求めた書くということ。すべてに抗いもがきながら、自分の道を踏み出す彼女と私の物語。角田光代『私のなかの彼女』|新潮社

私のなかの彼女』刊行記念特集・・物語は傷つけ、そして救う・・中島京子

 八〇年代後半から九〇年代を舞台にした、女性の話だ。この時期に二〇代、三〇代を送る彼女の恋愛・結婚・妊娠・出産・キャリアに関する悩ましい選択のすべてが描かれる。そして小説は教えてくれる。これらの選択は個人的で、繊細で、時に人に深い傷を負わせると。けれど、深手を負いながらも選び取ることで、その人自身が作られるのだとも。
 一九八五年、本田和歌は東京の大学で一つ年上の内村仙太郎と出会う。芸術家肌の仙太郎は、在学中にイラストレーターとして活躍を始める。垢抜けず自信のない和歌にとって、彼は自慢の恋人であり、新しい世界への扉を開いてくれる大切なパートナーだった。仙太郎との結婚を夢見ていた和歌は、それをやんわりとかわされて、彼のアドバイスに従って就職するが、満たされない思いを抱えていた。そんなある日、実家の土蔵で、母方の祖母・山口タエが書いた小説を発見する。粗削りだが艶めかしく魅力ある作品が、和歌の心に潜む「私も書きたい」という気持ちに火をつけた。小説を書き、新人賞を受賞し、会社を辞め、自分を満たしてくれる仕事を見出すのだが、いつのまにか仙太郎との関係が変わってしまう。そして、予期せぬ時に妊娠が発覚する――。
 和歌はつねに抑圧される。娘が物を書くのを忌み嫌い、結婚・出産という幸福を選択せよと迫る母によって。そして他ならぬ恋人の仙太郎によって。仙太郎と和歌の同棲の描写は凄まじい。世界が広がり忙しくなる和歌と、もてはやされなくなってくる仙太郎。部屋に埃が、シンクに洗い物がたまってしまうのは仕方がないとしても、そこで生まれてくる微妙な空気の中、繊細な芸術家同士が、針のような言葉を投げつけあうからだ。こういう二人でなければ、気にしないとか、気づかないとかいったおおらかな人生航海術をもって対処できるかもしれないのに、いちいち傷つけあうのが痛ましい。
 殊に、和歌を生涯抑圧し続けた母に乗り移られたかのような仙太郎が、和歌を責めさいなむ場面は、〈母と娘〉を書き続けてきた作家ならではの迫力だ。
 一方、祖母・タエがどんな人物だったのかは謎である。昭和初期に上京し、桐島鉄治という作家に師事して小説を書き、その後田舎へ帰って結婚したらしいことはわかっても、何を思い、どんな経験をして結婚・出産の途を選んだのかはわからない。しかし作家だった祖母を持つという事実は、自信のない和歌にとって、「書く」ことを支える核となっていく。タエと桐島の関係を想像し、タエの物語を作り、修正を重ねることによって、和歌は自分と仙太郎、ひいては自分と書くことの関係を計ろうとする。和歌にとって、タエの物語を想像/創造することは、自分の物語を作ることなのである。
 それでは、和歌にとっての仙太郎の物語は、どんな意味を持つのだろう。それは、時の流れの中、物知らずの和歌を庇護して導く兄の話から、和歌の能力を低く見積もって足を引っ張る疎ましい男の話に変わって行く。小説の終盤で和歌は仙太郎に「私たちって、なんで出会う必要があったのかな」と言う。しかしこの二人くらい必然性のある出会いもない。自分の欠損を埋める物語を、お互いの中に見たのだから。
 多くの場合、人の欲望を抑圧するのは、その人自身だ。国家が思想弾圧でも始めない限り、抑圧者は個人の外側ではなく「なか」にいる。親や恋人や夫に抑圧されているという物語を生きる自分自身を、自分の手で解放してやらない限り、人はそこから出て行かれない。
 私たちは物語に傷つけられ、物語に助けられる
。「私のなかの彼女」や「彼」と出会い、別れ、和解することによってのみ、前に進むことができるのである。(なかじま・きょうこ 作家)

私のなかの彼女』刊行記念特集・・シンプルな図式化を許さない圧倒的なリアル・・中村文則

 バブル期を大学で、その後の時代の移り変わりを社会で過ごしていく。その時代を体験した年齢は主人公と僕とでは十年ほど異なるが、きっとこのようであったに違いないと感じられるほど、その時代描写は巧みである。
 テレビなどで語られるのとは違う、本当のあの時代が小説から立ち現われてくる。そして作者はこのリアルな時代背景の上に、一人の女性の、というより一人の人間の「生のあり方」を圧倒的な筆力で出現させている。
 書評では本紹介も兼ねるため、何かしらの「図式化/まとめ」が要求される。例えば「○○な主人公は○○によって○○を目指し、やがて……」という風に。でもこの小説ではそれができない。登場人物達があまりにも、息遣いが聞こえるほどリアルだからだ。仮に一人の生きている人間の生き方を、このような短い書評で評したとしたら、必ずその人物の一部、もしくは表層をなぞることになる。人間というものは実際にはとても複雑だ。作者はその人間の欲望や思いの複雑さを緻密に、個の抱える矛盾も見事に含めながら表現している。ここに出てくる主人公は、そのリアルさにおいてまさに生きている人間そのもののレベルに達している。この筆力は何気なさも含め驚愕に値する。特に後半、母とのやり取りも含め作者の筆は容赦がない。後半からは一気読みをしてしまった。時に戦慄までも覚えた惹き込まれる読書だった。
 でも少しだけ骨組は書かなければならない。学生であった主人公の和歌はやがて作家になる。恋人の仙太郎は学生時代にイラストに言葉を添える仕事で既に有名になっている。主人公の祖母は作家的な存在であった事実が発覚し、そこには男性による抑圧と共に、祖母の師であった作家の存在もちらつく。血脈において二人の「作家志望/作家」に挟まれる形であった母の存在。仙太郎との関係には底辺に不穏さが漂うが、二人の関係は中々終わらない。微妙な糸のような不安定さで続いていく。しかしこのことも、単純な図式では語れない。二人の関係には常に「外的」な要因が影響し、事態は時代背景・タイミング・相互心理も含め複雑である。でもそのような複雑さを何気なく、読みやすく表現しているのは作者の力だ。複雑さを読者に気づかせないまま、でもその複雑さによって見事に物語を展開させていく。
 読みながら、仙太郎には苛立ちを覚えた。彼の仕事はまさに時代と共に消えていくもの。仕事のやり方にしろ子供のことにしろ、作家である恋人を手放しで認めようとしない抑圧的な何気ない言葉にしろ、この男は嫌な奴だと思い続けた。僕が最も嫌いなタイプの人間かもしれない。彼は恐らく、自覚のないまま世間の化物になっていくのではないだろうか。
 でも男性による女性への抑圧は、男性がそれに無自覚であることも多い。例えば今僕は仙太郎を批判することでさも「自分はわかってる」的な気分になっているけど、そんな安直な僕にも愚かな無自覚さが残るのが男女問題の常だ。でもこの小説は、仙太郎の人物設定でも図式化を許さない。仙太郎はただの無意識の抑圧者ではないからだ。
 彼は恐らく「自覚的に」ある電話をしている。あの電話の悪意は凄まじい。行為の悪に恐らく気づきながら、正当化の殻の中に隠し、自分をも欺き悪を成す。人は自身の行為に正当化の脈を見つける時、相手に非があると思った時(本当はなくても、そう思いたい時)より残酷になれるのである。
 この小説は、祖母の時代との対比から、男性社会の中で働く女性を描く、というジェンダー的なテーマのみでも語ることはできない。図式化を拒否する小説とは、つまりそれだけ生きている、リアルであるということだ。「才能を潰せるのは、その才能を持っているその本人だけだと」作中の言葉である。この小説の着地点を僕は美しいと思う。(なかむら・ふみのり 作家)


2014.6.23(月)

平凡
もし、あの人と別れていなければ。結婚していなければ。子どもが出来ていなければ。仕事を辞めていなければ。仕事を辞めていれば……。もしかしたら私の「もう一つの人生」があったのかな。どこに行ったって絶対、選ばなかった方のことを想像してしまう。あなたもきっと思い当たるはず、6人の「もしかしたら」を描く作品集。
ISBN:978-4-10-434606-6 発売日:2014/05/30

角田光代『平凡』|書評/対談|新潮社

[角田光代『平凡』刊行記念特集インタビュー]「もし」から想像する、もうひとつの人生 角田光代

――「もしあのとき○○していたら」と誰もが一度は想像してしまう「自分のもうひとつの人生」。あの人と結婚していなければ。あのとき窓を開けなければ。彼女と別れていなかったら。そんな「もし」を描いた小説六篇を収録したのが新刊『平凡』ですが、このテーマはどこから出てきたのでしょう。
 若い時は人生の岐路をどちらに行くかというようなことで悩みましたが、年齢を重ねていくと前ばかり見るのでなく、「もしかして、あのときこういう選択肢があったのではないか」と振り向いたりする。二十代にはなかった視点なんですね。それで「あのとき」というのは、例えば結婚や試験などの人生の特別な出来事ではなく、ある朝バスを一台逃してしまったとかの何気ないことであり、それによって人生が変わってしまうかもしれないと考えたんです。でもあのバスに乗れたとしても、その瞬間は変わったように思えるかもしれないけれど、数年とか時間が経ってみると、人生の自分の立ち位置はそんなに変わっていない、それが今の実感です。
――表題作の「平凡」は、地味なパートの主婦の女性と、テレビに出ている料理研究家の女性を対比して描き、意外なドンデン返しがありますが、「平凡」に生きるとは何だろうと考えさせられました。
 あの小説は、別れた恋人に対してどんな呪いをかけるだろうか(笑)、と考えたのが始まりです。自分を捨てて若い女と結婚したけれど、子どもがじゃんじゃん産まれて、住宅ローンに苦しめられて、会社は左遷されて、奥さんは太っちゃって……そんな地味な暮らしをしやがれ、という呪いが現実味があるかと思ったのですが、それは普通の平凡で幸せな暮らしですよね。まったく呪っていないし、むしろ無事を祈るというか祝福になっている。二十代だったら、住宅ローンは地獄だと思うだろうし、そこに幸せがあるなんて気づかないけれど、「平凡は一種の祝福である」と、今だからわかって書けたんだと思います。
――最後に収録された「どこかべつのところで」では「後悔」をキーワードに書かれています。
「後悔」は「もし」とは違って、起きてしまったことなので、○○しなかった自分とか、あのとき事故に遭わなかった人というのを想定しないと、人生が辛すぎますよね。「もうひとつの人生なんてない」と思った方が楽かもしれないし、「どこかにもうひとつ人生がある」と思えた方が生きるのが楽な場合もありますよね。後者の立場を描いたのがこの小説です。
――その年度の最も完成度の高い短篇作品に与えられる川端康成文学賞を二〇〇六年に「ロック母」で受賞した時の授賞式で、角田さんは短篇小説が好きで良い短篇を書きたくて、千本ノックのように短篇を書いてきた、だから尚更受賞が嬉しいという伝説的なスピーチをされました。その後、短篇小説の書き方は変わりましたか。
 あの後、黒井千次さんに「あなたが千本ノックを十分にやってきたことはわかったから、もういいでしょう。これからはゆっくり落ち着いて書きなさい」と言われて、「確かにそうだな」と思いました。多い時で三十枚〜五十枚の短篇をひと月に七作書いてたんです。さらに長篇連載をしてエッセイを書いて、月の締め切りが三十本以上あったんです。『おやすみ、こわい夢を見ないように』(二〇〇六年新潮社)とか『ドラママチ』(二〇〇六年文藝春秋)がその頃に書いた小説です。そこから徐々に数を減らしていったので、この『平凡』シリーズは一年に一作ずつで、本になるまでに七年かかっています。
――時を経たからこそ、この作品集が出来たのですね。
 最近読み直したんですが、三十代前半に「誕生日休暇」(『だれかのいとしいひと』所収)という小説で、自分で名づけた〈人生玉突き事故説〉を題材に書いたんです。恋人同士が待ち合わせたのに会えなくて、そこで取ったある行動が原因で、どんどんみんなの人生が変わってしまう。三台後ろから追突されたくらいで、思わぬ方向へ大きく変わるなんて、人生がそんなに軽いものだとは、なんて怖ろしい(笑)とその頃は思っていたんですね。それと比べていま『平凡』に収めた小説を読むと、自分の考えが変わっているのがよくわかりました。人生なんてそんなふうに変わってしまうもので、それは重さとか軽さではなくて、誰にでも起きることなんだ、それが普通だから、と今は思えるんですね。小説を書くことでわかってきたことでもあるんです。だから年齢ごとに自分の考えが違ってきているのが、小説を書くことで実感できますね。
――では読者もこの『平凡』を五年後、十年後に読み返してみると、また違った印象を持つかもしれませんね。
 ぜひそうしてもらえると嬉しいです。(かくた・みつよ 作家

[『平凡』刊行記念特集]人生はやっぱり捨てたものじゃない星野博美

 私は生まれ育った東京の戸越銀座という下町で暮らし、近所に点在するコーヒーショップで一日の大半を過ごしている。店の常連は、この町で半世紀以上、下手すると八〇年くらいは暮らすお年寄りたちだ。私自身は二〇年ほど東京の西で暮らしていたので、在住歴はのべ四半世紀という、この町では新参者のうちに入る。
 お年寄りに囲まれて過ごすようになって七年がたつが、日々思うのは、人は揺るぎない個性を持っているなあ、ということだ。何十年という人生の中には様々な岐路があったはずだが、それらをすべてひっくるめて「いま」を作っているという、確固たる感じである。よく「自分には個性がない」と悩む若い人がいるけれど、長く生きれば個性的になれるよ、とアドバイスしたいくらいだ。
 角田光代短編集『平凡』を読んだのも、近所の喫茶店だった。一篇読み、顔を上げてお年寄りを眺める。また小説に戻る。耳の遠いお年寄り同士の会話に妨害され、しばし現実の世界に連れ戻される。次の一篇を読む。そうこうしているうちに現実と小説の世界が入り乱れてごちゃごちゃになり、表題作「平凡」の紀美子が自分の隣にいて、「どこかべつのところで」の庭子が自分とすり代わり、目の前のお年寄りがフィクションに思え始めた。これは実に不思議な体験だった。
 著者はこの作品で、「あの時違う選択をしていたら、別の人生があったのではないか」という、目の前の現実と架空の人生の間で揺れ動く主人公たちの、現在の一瞬を切り取った。彼らもまた、現実と虚構の間を行ったり来たりしながら、現在の一点に立っているのだ。
 私自身は、食堂にニラレバ定食はあっても人生にタラレバ定食はない、というのが持論だ。あの時ああしていれば、といま後悔するくらいなら、あの時点で必死に選択すべきだった。「あの時」の自分が「いま」の自分を形成したのだから、「いま」から変えるしかない。
 私がこの結論に至ったのは、強いからではない。逃げるのが嫌いだからでもない。弱いからだ。「いま」を受け入れるには、過去を諦める必要があったからである。
 この短編集には、イラッとくる女性が何人か登場する。「もうひとつの人生ってのがあるって、信じてみたいんだよ」と現実逃避する「もうひとつ」のこずえ。別れた恋人が「不幸になっていてくれないかな」と妄想する「こともなし」の聡子。かつての恋人の消息を確認しにやって来る成功した料理研究家、「平凡」の春花。本当に目の前で彼女たちが話しているような、リアルな苛立ちを覚える。そして次の瞬間、これこそ自分が否定したかった自分だと思い出し、ドキドキする。こういう自分を見たくないから、「諦める」しかなかったのだ。
 著者は、安易な成長や簡単な解決にはけっして導かない。この作品集が秀逸なのは、「イラ子」や「イラ男」が他者との関わりを通して、自分の「平凡」を見つめ始めていく、瞬間のきらめきなのだ。過去の自分と現在の自分、過去の彼や過去の彼女が入れ子のようにからみあい、一瞬のきらめきが訪れる。ページを閉じたあと、彼らがどんな人生を送るかはわからない。でもきっと、昨日とはほんの少し角度の違う道を歩いているはずだ。そう思えることが、本書の醍醐味なのである。
 もう一つの入れ子が本書には仕組まれている。それは角田光代自身の変化だ。私の心に一番しみたのは、行方不明の猫を探す庭子と息子を亡くした愛の邂逅が描かれた「どこかべつのところで」だが、この作品に著者の一つの願いが隠されている。これは読んだあなたに感じてもらうしかない。
 主人公とともに揺らぎ、著者とともに揺らぐ。人生はやっぱり捨てたものじゃないと思える、秀作である。
(ほしの・ひろみ 作家)

角田光代『平凡』|書評/対談|新潮社


2013.6.23(日)〜
「ひそやかな花園」2010年

毎日新聞社の本:『ひそやかな花園』=角田光代・著
2010年07月27日
幼い頃、毎年サマーキャンプで一緒に過ごしていた7人。輝く夏の思い出は誰にとっても大切な記憶だった。 しかし、いつしか彼らは疑問を抱くようになる。 「あの集まりはいったい何だったのか?」 別々の人生を歩んでいた彼らに、突如突きつけられた衝撃の事実。 大人たちの〈秘密〉を知った彼らは、自分という森を彷徨い始める−−。
<四六判/税込み1575円>

毎日新聞社の本:『ひそやかな花園』=角田光代・著− 毎日jp(毎日新聞)

■生の全肯定、あまねく降り注いで

 開けたいのに、押せない扉。すくんで昇れない階段。誰のこころのなかにも、ひっそりとなりを潜める暗闇の入りぐちがある。見えないふりをしていても、いっぽう、暗闇は増長して光を塞(ふさ)いでしまうこともある。もしそうなったら、いよいよ扉に指をかけるほかない。身が震えても、自分自身で。
 「花園」はそのような暗闇の化身でもあろうか。数奇な運命をもつ七人の男女が隘路(あいろ)に嵌(はま)りながら希求する「花園」の場所は、父や母、家族の記憶をともなってこころの最深部にある。
 『八日目の蝉(せみ)』『森に眠る魚』を経て、家族をテーマに据えた角田光代の小説世界は、いっそうの確かさをみせて圧倒的だ。社会性のある事件や題材を扱い、言葉で血肉を与えながら現代に寄り添う。そのうえで、こころの闇も光も入念に照らしだして世界を提示するさまに、角田文学の本流をみる思いがする。
 七人の男女はかつて夏の数年間、ともに別荘に集って過ごしたこどもたち。しかし一九九〇年、親たちによって例年の習慣は突然断たれてしまう。別天地での甘やかな記憶を共有したまま七人は引き離され、おのおのの家庭の状況を背負って成長していく。そして考えはじめる。あの夏の日々、「花園」に隠された秘密はなんだったのか、と。 「家族とはなにか」。問いをたずさえ、絆(きずな)を手繰って再会を果たす七人の行動と複雑な心理が、七つの視点、三人称の手法で描きだされる。胸を打つのは、自己との邂逅(かいこう)を果たしてゆく七人の関係だけではない。わたしが衝撃を受けたのは、小説世界が展開するにつれ、角田光代じしんが言葉によって聖なる力を手もとに引き寄せる、そのすがたである。言葉を信じてあらたな扉を開き、言葉を手だてに根源に迫り、言葉とともに聖地へと書きすすむ、そのつよいリアリティー。
 人間は存在しているだけで、すでに世界に祝福されている。たとえ家族でなくても、家族として結び合える−−生の全肯定ともいうべき聖なる光を、角田光代は「花園」にあまねく注いでみせた。
 評・平松洋子(エッセイスト)
     *
 毎日新聞社・1575円/かくた・みつよ 67年生まれ。作家。『三月の招待状』『森に眠る魚』など。

書評:ひそやかな花園 [著]角田光代  - 平松洋子(エッセイスト) | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト

2012年
1/2角田光代ツリーハウス」(2010年10月)

すべての家庭の床下には、戦争の記憶が眠っている

謎多き祖父の戸籍──祖母の予期せぬ“帰郷”から隠された過去への旅が始まった。満州、そして新宿。熱く胸に迫る翡翠飯店三代記

西新宿の小さな中華料理屋「翡翠飯店」を巡る三代記。祖父母、両親、無職の叔父、孫に加えて、常に誰かしら出入りするゲストハウスさながらの大家族の足元には、大陸帰りの物語が眠っていました。祖父の死で虚脱してしまった気丈な祖母ヤエを伴った満州行が、封印された過去への旅の幕開けとなります。戦争、引揚げ、戦後を生き抜き、半世紀の間ヤエが抱えてきた思いを知った時、私たちが失いつつある美しい何かが頁の向こうに立ち上がってきます

『ツリーハウス』(角田 光代・著) | 単行本 | 書籍情報 | 文藝春秋

「ツリーハウス」で伊藤整文学賞受賞 角田光代さん 「怖がらず書く」使命
2011.6.6 08:17 (1/2ページ)
 産経新聞大阪本社発行の夕刊で平成20年から1年間連載し、昨年出版された角田(かくた)光代さん(44)の小説『ツリーハウス』(文芸春秋・1700円)が、第22回伊藤整文学賞に決まった。満蒙開拓団、高度経済成長、オウム真理教事件など時代を象徴する出来事とともに生きた家族三代の物語で、角田さんにとっては「歴史」を正面からとらえた初めての作品。「デビュー20年の節目の作品だったのでうれしい」と笑顔を見せる。

 東京・新宿の中華料理店「翡翠(ひすい)飯店」を営む藤代家。店の初代である祖父の死を機に、「なんかへん」と思っていた家族の歴史に興味を抱いた孫の良嗣が、祖母を誘い、祖父母が出会った旧満州を旅しながらルーツを探る。旅を続けるうちに、時代に翻弄(ほんろう)され、希望と落胆を繰り返しながらも、ひたすら働き、育て、日常を生き抜いた祖父母や父母の姿が浮かびあがる。

 本作を書こうと考えたのは、清朝王室に生まれ日本人の養女となり、スパイ活動にかかわったとして処刑された川島芳子(1907〜48年)を知り、満州に興味を抱いたことがきっかけだった。

 とはいえ、歴史を書くことは大変な作業。「素養がないので一から勉強しなくてはいけなくて…」。小説執筆には多くの資料や書籍を読みこむが、『ツリーハウス』はその量がとりわけ多く、「資料を読み続け、読みながら書きながら、という具合でした」。

戦後世代が戦争を描くときには、実際に体験した人々にどう受け取られるかという不安がつきまとう。ただ、欧米の同世代の作家たちは、戦争に材をとったものを怖がらずに小説に落とし込んでいるイメージがあった。「怖がっていたら何も残せない。こんなんじゃない、と言われても、若い世代が何らかの形で書かなくてはと思ったのです。つらかった、しんどかった、だけではない話を書いていかなくてはという危機感がありました」

 これまで家族や女性を描いてきた角田さんが、より「大きなもの」に挑んだ新境地の作品。出版後はいくつもの好意的な書評を読み、今回の受賞も加わって「書いてよかった」との思いがわきあがったという。

 東日本大震災前に書かれたものを読んで、意味が変わってしまったと思うことがある。自作を読んでも「のんきだった、平和だった」と思うことも。だからこそ、後に残るものを書きたいという。「もしツリーハウスがそういうものになれば、うれしいです」

                   ◇

 「伊藤整文学賞」は平成2年に創設され、これまでに大江健三郎さんや小川国夫さん、津島佑子さんらが受賞。第22回は角田さんとともに宮内勝典さん(66)の『魔王の愛』(新潮社・2100円)も受賞した。(岸本佳子)

「ツリーハウス」で伊藤整文学賞受賞 角田光代さん 「怖がらず書く」使命+(2/2ページ) - MSN産経ニュース
posted by りょうまま at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 角田光代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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