2020年09月04日

【第163回 芥川賞受賞作】破局 (日本語) 単行本 – 2020/7/4 遠野遥 (著)

【第163回 芥川賞受賞作】破局 (日本語) 単行本 – 2020/7/4 遠野遥 (著)

私を阻むものは、私自身にほかならない――ラグビー、筋トレ、恋とセックス。ふたりの女を行き来する、いびつなキャンパスライフ。28歳の鬼才が放つ、新時代の虚無。

【第163回芥川賞受賞作】
選考委員絶賛!
スポーツによって他者を滅ぼし、同時にセックスによって他者から滅ぼされてゆく展開は見事。新しい才能に目を瞠らされた。ーー平野啓一郎
ほとんどゾンビ化している人間たちによる群像劇。この作者は、きっと、手練(てだれ)に見えない手練になる。ーー山田詠美
「私」は嫌味な男だ。にもかかわらず、見捨てることができない。社会に対して彼が味わっている違和感に、いつの間にか共感している。もしかしたら、恐ろしいほどに普遍的な小説なのかもしれないーー小川洋子

遠野 遥(とおの はるか、1991年[1]8月22日 - )は、日本の小説家。男性。神奈川県藤沢市出身、東京都在住

同市立駒寄小学校[2]、同市立大庭中学校を卒業[3]。慶應義塾大学法学部卒業[4][5]。

小説は大学進学後に書き始めた。国内外の名作を片っ端から読み、「一番しっくりきた」と感じた夏目漱石の文体を手本としてジャンルを問わずに執筆を重ね、新人賞に応募し続けたという[2][6]。作風としては平易な文章を意識しており、修飾語の使用を極力抑えている。これは遠野自身が簡潔な文体を好むことや、読み手が想像力を働かせる余地を限定したくないためだと述べている[6]。

2019年に「改良」で第56回文藝賞を受賞しデビュー[1]。2020年に「破局」で第163回芥川龍之介賞受賞[5]。平成生まれとしては初の受賞者となった[1]

2020-07-15 19:14 遠野遥氏、平成生まれ初の芥川賞 2作目での受賞に「驚きました」
本文学振興会は15日、『第163回芥川龍之介賞・直木三十五賞』の選考会を東京・築地「新喜楽」で開き、芥川賞は3回目の候補入りとなった高山羽根子氏(45)『首里の馬』(新潮三月号)、初ノミネートの遠野遥氏(28)『破局』(文藝夏季号)の2作が受賞した。遠野氏は1991年生まれであることから、平成生まれの芥川賞受賞者は今回が初となる。直木賞史上初の平成生まれ受賞者は、2013年に『何者』で受賞した朝井リョウ(31)。

 遠野氏は慶應義塾大学法学部卒。2019年『改良』(単行本は同年河出書房新社刊)で第56回文藝賞を受賞しデビューしたばかりで、2作目で芥川賞を受賞となったが、受賞会見冒頭で「つい先ほどお電話いただいたばかりで、非常に驚いたままで状況に頭が追いついていません。ちょっと変なお答えしてしまうかもしれないですけど、ご容赦いただけたら」とあいさつした。

 今作で芥川賞を取ったことについては「受賞決まった時の方が驚きました。人によっては気持ち悪いとか、好きじゃないとかいると思いますし、私もそうだろうなと思いながら書いていた部分もあったので、歴史のある賞をいただいたのは意外でした」と率直な思いを吐露。「ノミネートされると結果が出るまでけっこうソワソワしてしまうので、それをもう経験しなくてもいいということでは(笑)、受賞できた方がいいと思います」と笑わせた。

 写真撮影時には「もうちょっと笑顔で…」とカメラマンから要求されていたが「私としては笑顔のつもりだったのですけど、そうは見えなかったのは残念ですね。笑っている方が感じがいいですよね…」とコメント。会見時はマスクだったため、報道陣から「マスクの下の笑顔を見せていただけますか?」とリクエストをウケるも「ちょっとウイルスが…」とやんわり制した。

 特徴的な文体も指摘されているが「いろんな人から言われるので耳に入っているんですけど、変わったことをやってやろうと思ってなくて、割と素直に自然に書いたらそうなっていたという感じです。引き続き、自然にやっていけたら」と淡々。「歴史がある賞だと認識していて。すごく有名な作家がたくさん名を連ねている賞。末席に加わるのは栄誉あることだと思っています。早く3作目を出したい」と意気込んでいた。

 両賞は1935(昭和10)年に制定。芥川賞は新聞・雑誌(同人雑誌を含む)に発表された純文学短編作品、直木賞は新聞・雑誌(同)・単行本として発表された短編および長編の大衆文芸作品の中から優れた作品に贈られる。前者は主に無名・新進作家、後者は無名・新進・中堅作家が対象となる。贈呈式は8月下旬に都内で行われ、受賞者には正賞として時計、副賞として賞金100万円が与えられる。

 直木賞は馳星周氏(55)の『少年と犬』(文藝春秋)に決定。1997年、デビュー作『不夜城』での初候補入り以来23年、7回目ノミネートでついに受賞を果たした。

遠野さん『破局』芥川賞に 大庭出身 平成生まれの新鋭

 第163回芥川龍之介賞の結果が15日に発表され、大庭出身の遠野遥(はるか)さん(28)の『破局』が選ばれた。芥川賞は年に2回、純文学を書いた新人に贈られる賞で新人作家の登竜門としても知られる。平成生まれの作家の受賞は遠野さんが初となる。

 受賞を受け「自信作でしたが、初ノミネートで受賞する事例は少なく、頂けて僥倖(ぎょうこう)」と冷静だが、家族からは自身が報告する前に祝福の連絡があったといい、「父からは、会見の姿が凛々しかったと言われました」と穏やかに喜びをにじませる。

 処女作『改良』で第56回文藝賞を受賞。華々しくデビューを飾ってからわずか1年の快挙だ。河出書房新社の担当編集者は「純文学とエンタメ性を併せ持つ、これまでにない文体は『新時代の虚無』と呼ぶにふさわしい。独自の感性で可能性を切り開いていってほしい」と期待を寄せる。

原風景に藤沢

 自作について「小説を書く時、テーマは決めていない」と静かに語る。普段の生活で見かけたものなどを元に、「描きたいシーン」を積み重ねていく創作スタイル。

 今作では”男から自転車で坂道を逃げるシーン”を最初に手掛けた。小学生の頃、坂の多い大庭を自転車で鬼ごっこしたこともあり、「具体的に地名を出してはいませんが、自身の記憶する坂のイメージは藤沢のもの」と説明する。

 幼少期の読書体験は決して多くない。地元駒寄小のサッカーチームに所属するなど体を動かすことを好んでいた。横浜の高校では友人とバンドを組み、3人組音楽グループ「RADWIMPS(ラッドウィンプス)」の曲などを好んで演奏した。小説を書き始めたのは慶應大学法学部進学後。世界や国内の名作を片っ端から読破し「一番しっくりきた」と感じた夏目漱石の文体を手本に、ファンタジー、童話など小説のジャンルを問わず意欲的に執筆。新人賞へ応募を重ねた。

故郷で海見たい

 約20年間暮らし、慣れ親しんだ藤沢を離れ、現在は都内で暮らす。コロナ禍でなかなか叶わないが「藤沢に戻ったら海が見たい」と郷愁の思いが募る。

 現在3作目を執筆中。受賞作とは作風を変え「超能力なども登場するファンタジーに挑戦している」と明かした。「文学ファンに限らず広く読んでもらえる作品を目指したい」と語った。

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『破局』あらすじ:大学4年生の〈私〉は出身高校でラグビーを指導する傍ら公務員試験の準備に打ち込む。規律正しさを求めるストイックさの一方、危うさも併せ持ち、それは同学年の彼女と別れ、後輩の女性へ乗り換えたことを機に、少しずつ崩壊の兆しを見せ始める。

「美術館に行くたび疎外感があった」平成生まれの芥川賞作家・遠野遥さんが“小説を書くこと”を選んだ理由『破局』芥川賞受賞インタビュー 山内 宏泰

長身痩躯、細身のスーツを着こなして、長めにした前髪の奥から眼光を覗かせる――。

 実力派若手俳優のひとり? 人にそう思わせるような存在感を放つのが、『破局』で第163回芥川賞を受賞した遠野遥さん。

 受賞の報せが舞い込んだ直後におこなわれた記者会見では、 「(受賞という事実に)頭が追いついていない状況です」

 としつつも、

「(新人賞を同時受賞してともにデビューした)宇佐見りんさんにはLINEで伝えました。受賞の連絡を入れた相手はまだ他にはいません。喜びは、誰かに伝えるものじゃないと認識しているので」

 と、記者たちに向けて、浮わついたところのないクールな対応を貫いた。

 まだ30歳にも達しない若さで、このものごとに動じぬ堂々たる態度。これはもともとの性向なのか……。作品のことを思って、喜びは控えめに
 翌日にお話を伺うと、「会見のときは、本当に思考が追いついていなかった」ので、傍から見ると落ち着き払っていると思えたのかも、とのこと。

 でも、それだけじゃない。作品世界を守るため、受賞ごときで舞い上がらないようにしている面もあるという。

「『受賞しましたー!』なんてはしゃぐのは、作風に合わないといいますか。作品を読んでいただいた方は、作者が受賞で騒いだりしていたら、違和感を覚えるんじゃないか。作者が作品の邪魔をするわけにはいきませんから」

 作品と読者のことを第一に考えての、控え目な反応だったわけだ。

 ただ、もともと地に足を着けたタイプであるのはたしか。祝いの連絡が途切れず周囲はざわつきを見せるも、本人の心境や行動にさほどの変化はない。「具体的な変化は……。自分のTwitterアカウントのフォロワー数が、一晩で倍になったことくらいですかね」

 しばらく取材対応などに追われることはあれど、執筆ペースを変えるつもりはない。

「平日の夜、それと週末に集中的に書いています。以前から飲みに行ったり人と会ったりすることはそれほど多くないので、小説のための時間はなんとか確保できていました。これからも生活サイクルは大きく変わらないはず。受賞した『破局』はまだ2作目。もっとたくさん書きたいので、まずは次作を着実に書き進めていきたい」「いつも、自分が読みたい文章を書いている」
「どうしてもっと自信を持って戦わないのか。私に勝ちたいと思わないのか。憤りを覚え、確実に潰すと決めた。」(『破局』より)

 受賞作『破局』は、大学4年生の陽介が主人公。かつてはラグビーに打ち込んだ彼も、いまや公務員試験に向けて勉強中の身。ただし筋トレは欠かさない。自分なりに正しいことを為そうといつも考えているが、逸脱することもしばしば。恋人との関係に溺れたり、結果的に社会規範から外れた行動をとってしまったりも……。

 陽介の「自分語り」という体裁をとっているため、一見いかにも純文学と受け取られるやもしれないが、全編に可笑しみもたっぷり盛り込まれ、「読むことの愉しさ」が横溢している。

 ふだん小説とは縁遠い人にも、一読すれば大いに響くだろう作品に仕上がっている。


「そうですね、ガチガチの『文学ファン』以外にも広く読んでもらえたらうれしい。そういう気持ちは、小説を書き始めたころからずっとありますね。

 そのために文体はできるだけ平易なものとなるよう工夫していますし、文章を飾り付ける修飾語も極力抑えています。ふだん小説を読まない人はそういうところで躓いて、離れていってしまうと思うので」 言われればたしかに、遠野作品では、凝りに凝った比喩表現などあまり出てこない。書き手が自分の文章に酔ってしまっているような雰囲気は皆無だ。

「自分自身、小説を読むときは簡潔な文体・文章を持ったものを好むので。ごてごて飾りつけてあると、読み手が想像力を働かせる余地がなくなってしまい、読み方が限定される気がします。

 簡潔に書いてあるほうが、読み手は好きなように想像を膨らますことができる。そういうものを読みたいし、書きたい。つまり僕はいつも、自分が読みたい文章を書いているということですね」

 その思いは作品を読むとよく伝わってくるのだけれど、ここでひとつ疑問が。

 平易で簡潔な文章を書くというのは、難解で晦渋な文章を書くことよりもきっと難しい。ものごとはシンプルに磨き上げるほうが得てして困難ではないか。

文章のお手本は、夏目漱石だった
 どうやっていまの書き方を会得したのか。

「いちど書き上げた作品を徹底的に見直し、書き直したりはします。ただ、簡潔に書こうというのは最初から思っていたことで、それ以外の文章を書いたことがない。自然に書くとああなるのであって、逆にきらびやかな表現を書けと言われたらものすごく苦労すると思います」


 ではあのキビキビとした文体は、血の滲むような文章修行の賜物、といったことではない?

「強いて挙げれば、小説を書き始めたころ、意識的に取り組んだことはありました。

 大学生の時分です。最初からオリジナルの文体をゼロから編み出そうというのも無理がある。何かお手本を決めたほうがいいと思い、夏目漱石全集を傍らに置いて書いていた。書き方に迷ったら、夏目漱石はどう書いてるんだろうといちいち参照したんです。

最初は真似から入ったわけです。武道なんかでもまず型を学び、そこから離れていくのが結局は近道だなどと言いますよね。真似をしたあとに、ちょっとずつ自分の個性を出していけたらと考えました」

 お手本を夏目漱石に定めたのはなぜだったか?

「いちばん癖がなくて読みやすいと感じました。それで真似しやすいかなという気もして、ここを基礎にさせてもらおうと決めました」

「受け手の側ばかりにいるというのはどうなんだろう?」
「ある程度仕上がったところで、天井のライトをつけ、ランプの明かりを消した。少し距離をとって鏡を見る。鏡に映る私は、美しいかどうかと言えば微妙だが、メイク自体はうまくいっていた。」(『改良』より)

 大学時代に小説を書き始めた遠野さん。なぜそのとき小説執筆へと気持ちが向かったのだろう?

「単純なことで、小説はお金がかからなかったから。パソコンは持っていたので、設備投資は何ら必要ない。あとは読み書きができれば、何かしらできるだろうと安易に考えました。この上なくハードルが低いと思えたんですね。

 もちろん実際に書き始めると、たいへん難しいというのはすぐわかったんですけど」

 他に「やりたいこと」の候補はなかった?

「一応バンド活動はしていたんですよね。矢井田瞳さんや土屋アンナさんのコピーをするバンドでギターを弾いていました。ライブもしていたんですが、そのときに気づいてしまった。人前でパフォーマンスしたりするの、自分はあまり好きじゃないなと。

それにライブって、失敗したらもうおしまいという緊張感がすごい。あれがちょっとつらかった。小説は失敗しても書き直せばいいし、人前に出なくていい。誰にも邪魔されないところがすごく気に入りました」

 もうひとつ疑問に思うことが。何か表現をすること、それはやりたいというのが大前提だったのはなぜだろう。

「大学時代に、受け手の側ばかりにいるというのはどうなんだろう? という気持ちが芽生えてきまして。

 美術館に行くのが好きなんですが、展示を観るたびに疎外感というか焦燥感というか、何か落ち着かない気持ちになっていたんですよ。世の中にはいろんな人がいて、いろんな創作をしている。それなのに自分は何もつくっていないな……と。つくるほうの世界に入っていかなくていいのかな? という思いが頭をもたげるんですね。

 それでバンドをやったり小説を書いたりするようになっていった。これでプロになるんだ! というような強い気持ちや計画があったというのではないし、何か伝えたいこと・発信したいことが明確にあるというのでもない。それこそTwitterを始めるようなのと近い感覚で、創作をやってみたわけです」しっかり肉付けができた2作目の受賞作『破局』
やがて男が、折れていたページを子供の前で開いてみせた。ほら、元通り、と男は言った。絵本と子供の顔が、やけに近かった。(『破局』より)

 そうして小説を書き始めた遠野さん、数年間の試行錯誤の末、2019年に『改良』で文藝賞を獲りデビューと相成った。芥川賞を受賞した今作『破局』は、それに続く2作目となる。

『改良』と『破局』で、変化もしくは進化はあったものだろうか。

「自分の印象としては、1作目の『改良』は骨格だけでできた小説と感じていて。2作目の『破局』では、骨組みにかなり肉付けができたかなという感触はあります。


 具体的に何が違うかといえば、ひとつの事象に対する書き込みをかなり増やしたということ。たとえば序盤で泣いてる女の子が出てくるシーン(上に掲出の箇所)。たぶん『改良』だったら、もっと情報量を必要最小限に絞っていた。『破局』だと、人の顔と絵本がやけに近かったとか、必要かどうかわからないような情報まで書いています」

 読む側からすれば、書き込みが増えたことによって、読みながら思い浮かべられる情景がより広がった感はある。小説にいっそうの膨らみが出たというか。

 書き込みが増えたこととつながるかどうか、『破局』では「視覚」を強調した文章が印象的だ。眼前のものを徹底してよく見て、じっくり描写されているのだ。

「そうですね。自分自身もふだんかなり視覚が優位なので、書くものも自然とそうなるのかもしれません。外出するときはイヤホンを付けて外部の音はシャットアウトしていることも多いので。今作は視覚が前に出たのはたしかですが、他にもたとえば、嗅覚に訴えかける小説なんかはおもしろいかもしれない。匂いを感じとれる小説というのがあったら、お洒落な感じもするし、いつか書いてみたいですね」「この作品で伝えたいことを挙げろと言われたら……」
 小説を書く際に、あらかじめ書きたいことや伝えたいことがあるわけではないとは先に聞いた。一方で『破局』の主人公・陽介は「マイルール」や「生きるマナー」を、ことごとく表明する。それらは作者の主張というわけではない?

「そうですね。あくまでも陽介という人物の造形上の記述であって、彼が標榜するルールやマナーを僕が強く訴えたいということではありません。

 あ、ただひとつだけ、陽介の気にする点と僕の思いが一致するところがありますね。

 陽介が店で肉を食べているとき、隣に座った男が、足を開いてチュッチュッとすごい音を立てながら肉を食うシーンがあります。ああいう音を立てるのは僕自身も本当に嫌だなと思っていて。そういうのはやめようというマナーが少しでも広まればいいと思いながら書きました。

『破局』全編に伝えたいメッセージというのは特に込めていませんが、ひとつでもこの作品で伝えたいことを挙げろと言われたら、『音を立てて食べるのはやめよう』ということになりますね」

 文学シーンの最前線に颯爽と現れた新鋭らしからぬ主張……。ともあれ、文学の世界に吹き込んだ新風の香り、ぜひ一読して味わってみては。

写真=松本輝一/文藝春秋
posted by りょうまま at 11:28| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする